MASAKO TAKANO

写真作家/美容師 美容専門学校卒業後、国内の美容室に勤めた後、2006年美容師として渡仏。帰国後も数多く海外を周り、旅の中で撮りためた写真を集めたビジュアルブック「More Than Words」を2015年出版。国内のセレクトショップをはじめ、NYの老舗ブックストア SPOONBILL & SUGARTOWN, BOOKSELLERSでも取り扱いされている。日々のふとした瞬間、ちいさなあたたかいことを綴っていきます。

In this town, you are entitled to be what you want to be.

2週間前夏休みを取って去年と同じ場所に行った。

初日は疲労と時差ボケで温泉にでも行っておけばよかったと瞬間過ぎったけれど、一瞬のホームシックみたいなものだったんだと思う。
それはこの一年どれだけ恵まれてた時間を過ごしていたかってこと。改めてありがとうございます。

とはいえひらめき来てしまった。なんで来たんだったっけ?
寝起きはそれだけがグルグルしていた。

偶然に見えるサインってホントにあるんだなとそこでの日々が物語っていた。
それについて日本に帰る飛行機の中でペンを走らせてみたけれどどうもまとまらない。
こんなところに行きました、楽しかったですマル。で終わらせられるような時間ではなかったし、なんだかえらく難しい。

ただの旅行者だけれど、バカンスだ!という感覚にはどうもなれない、ここニューヨーク。
誰にジャッチを受けるわけでもないのに試験を受けに行くような気持ちがなくはない場所。
去年も今回も。
住んだこともなければ滞在だって正味何十時間。
何を知ってるわけでもなくて、ご飯だって日本の方が全然美味しいし、大好きだとも言えないけれど引っかかるものがある不思議な場所。
きっとそれはこれから何度訪れても変わらない気がする。
とはいえなんか変だ、この街をまるでハリウッドスターにように見上げて特別視しすぎてるのか?
それとも人それぞれ場所も相性があるように私はここが合わないのか?
とにかく逃げたくなってでも帰りたくなくて、勝手なはっきりしないモヤモヤが取れない1日目の朝。

 

数日後、一年ぶりに再会した紳士にそんな話をするとどういうことなのか教えてくれた。
‘あーいいかい、この人と同じなんだよきっと君は。去年もそう思ったよ。自分でわかってるんじゃないの?ここはそういう街だから。’と見せられた記事にあった文字。

‘In the town,you are entitled to be what you want to be.’

ねえどうなの?と返事を求められ何も言えないし不覚にも涙腺が緩んでしまった。
「帰る前にもう一回おいで。きっと僕は正しいよ。」と彼は笑いながら私にチョコレートを差し出した。

受け取ったチョコレートを握ったまま考えながらドアが閉まりそうな地下鉄に飛び乗るとあまりに元気な電車の振動でバランス感覚がまるでない私はズルこけた。かなり派手に。外が寒かったから私のメガネは真っ白く曇っていた。

「あなた!!バランス取るの下手ねーーーいい?こうやってやるのよ」と目の前に座っていた婦人が立ち上がりやってみせた。周りにいた数人からは拍手が起こった。
曇りメガネのままポカーンとしてると空いた席に私を座らせ隣に座った彼女。
「ようこそニューヨークの地下鉄へ。」と言われた。何このシチュエーション。なんだニューヨーク。
やっと笑ったら頭痛が吹っ飛んだ。
彼女やそこにいた人たちのおかげで素っ裸になっていた心は温かくなり、つづいた彼女との会話でハッとしてあの感覚が戻った。そう、これこれ。この感じ。やっと目が開いた。

偶然電車は線路上で止まってしまい、多分10,15分くらい彼女とおしゃべりを続けた。
35年前に夢を追ってニューヨークに来たこと、可愛い娘と孫と素敵な彼がいること、60歳になった今も夢があること、明日は孫の誕生日で今夜の夕食は彼の好きなクスクスにしようと思っていることまで。
名言もくれた。色んな気づきをもらった。
私からはニューヨークには住んでないこと、今朝の会話のことと、でも気づけたこと、あなたのおかげだと伝えると、「全ては繋がってるものよ。なんだってね。大昔に会っていたかもしれないわね私たち。また会えるでしょうきっとね。そんな気がするわ。いい?転びそうになったら踏ん張るのよ。」と微笑む婦人とさよならをした。彼女が降りた後、彼女の言葉を忘れたくなくてカバンに入っていた雑誌の背表紙に急いで走り書きをした。
たった15分間のこと。映画のようだった。

いつも思っていること。その場所に行けば理想の自分に変われると思うなんて言葉を何度か聞いたことがあるけれど、そんな甘い空気なんて世界中どこ探してもないと私は思う。
その地をリスペクトする気持ちももちろん含めて。でもどこで生きようが、自分で手を伸ばして感じにいこうとすれば、想像をはるかに超えた目に見えないギフトを受け取ることができる。
人との縁もそうだし、もう様々な無限大に広がることを。
時にそれは何か得るっていうより、なんか色々削ぎ落とされて心や脳の中をさらけ出されて裸にされるような感覚にも近い気がする。
結局それって自分を知るってこと。全然いいことばかりじゃない。どっちかっていうと避けたい。
恥ずかしさとか後悔とか色々見えてくるし自分の嫌な面だって。反面、何が好きかも見えてくる。
それもいいことなのかは正直わからない。
どうも変だった気持ちは今の自分を見るのが怖かったんだと思う。うまくいえないけど。
待っていたって見つけてもらえるのは才能がある一ミクロの人たちだけ。
私みたいな凡人は自分から行くしかないのだ。かっこ悪くてもいいじゃないじゃないけど。
いつかもらった、ここはニューヨークだよ?という言葉。
自分の本質が全てを変えていく。それに尽きるんだと思う。

どんな状況であってもそれをめいいっぱい楽しんでみるということ。
それが例えば自分のWantと違って見えてもきっとね、
ぜんぶ結局自分の幸せに繋がるもんだから。
楽しむことを決めると素敵なことがどんどん起き始めていく。
例えばあの婦人との一期一会だったり。

最終日そこにあいさつに訪れると、「ほら、やっぱり僕の勝ちだ。で次はいつ来るんだい?」とハグが返ってきた。私は何も話さなかったのに。あそこのアイスクリームが美味しかったとだけ伝えてまたね、と去った。彼は正しかった。

全てが新鮮に感じるなんて最初の数週間で住んだらどこも一緒でそれが日常になり単調になっていく。
でもどうして世界中からここに人が集まるのか。ここはやっぱり何かある。少なくとも私にとって。でもなんだかはまだわからない。特別視してしまう正体をこれから知っていけたらと思う。

そんな自分にしかわからなくて誰かに伝えるようなことでもない、
とりとめのないことだけ書けた帰り15時間のフライト。
自分で書いておいて読み返してもまるで意味わからないことも多々。
これもそこでの時間に酔ったのか飛行機に酔ったのかわからない文章だけど。
とまあ、まだ余韻に浸っていてまとまっていないのだ。
来年これを読んで、長過ぎだろ酔いすぎだと笑って、
また成長したたった一言を書けたら尚うれしい。

沢山の人に出会って、沢山のことをもらって、色んな空気を吸って、色んなことを感じてまた自分を知った。良くしてもらった分、それをまただれかに繋げていけたらなと常々思う。

‘In this town,you are entitled to be what you want to be.’
この街はなりたい自分になれるところ。

 
その通りだった。

でもどこにいたってこんな自分でいたいと思う。
次あの婦人に会えた時は、かっこよく久しぶりって言おう。ズシンと立って。

幸せだった。

Masako.

 

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