• MAHOTIM

    手描きをメインにグラフィックを制作。主に看板、ウィンドウ、壁、黒板等のペイント。手描きで出来る事の可能性を模索しながら活動中。

覆水盆に返らず

Lisbonに来てはじめの3ヶ月は現地の仕事と日本の仕事に必死でほとんど観光や遊びに出ることができず、学校や習い事などに行っていない私にはなかなか友達ができなかった。
お昼はオフィスの近場のレストランに地元の人が集まる食堂のような所へ週3.4日は通っていて
そこでいつも見かける80歳くらいのおばあさんがいた。

 

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赤のフレームの眼鏡にたくさん指輪、どことなく洒落た装いなのが印象的で一目で気になる存在になった。

 

毎回デキャンタの赤ワインにコーラかファンタをミックス。
メインにスープにデザートを食べた後エスプレッソというのがいつものコースでジャンクなメニューも私達以上にモリモリ食べていた。

 

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指輪の一つには自分の抜けた歯をチェーンでつけていたり、私達のコーヒーについてくる砂糖の袋を集めていたり、だいぶ変り者のおばあちゃんのようで、みんなにいろいろ話しかけたりしているのだけど、仲の良い人はいないようだった。

 

毎回挨拶して話すようになり、店員のおっちゃんから毎回隣にアテンドされるようになった。

 

5割位理解できるBOSSとジェスチャーでしかわからない私。。。

 

きっと話が全部理解できたらみんなと同じく面倒だと感じてるのかもしれないが、ちょっとしか分からないからいい距離感なのだろう。

 

アウリンダという彼女は英語は全く理解できないようで、ポルトガル語の未熟な私との会話はいつも成り立っていないのがもどかしく、ふざけてパンチや首を絞めるフリをして

「あんた何でわからないのよ!』

というやりとりを笑ながらよくしていた。

 
日本のおばあちゃんと話するのも難しいのにポルトガルのおばあちゃんと話すというのはなんとも難易度が高い。。
私には日本一緒に住んでいた95歳のおばあちゃんがいる。
気の強いところとか洒落っ気をいつまでも忘れていないところが似ていて
アウリンダに会うたびに『おばあちゃん元気かなー』と思い出さずにはいられない存在だった。

 

 

私は彼女の私生活を写真に撮りたくてポルトガル語の先生にアウリンダの家に行っていいかとか、写真撮らせてほしいなど一通り質問の仕方を教えてもらって、いつか彼女の家に行きたいというもう9票ができた。
ある日彼女がBOSSと私にアップリケしたテーブルクロスをプレゼントしてくれた。
どこかで買ったテーブルクロスの周りをぐるりと綺麗に手編みしてあって、いかにもポルトガル感のあるクロスだった。
お世辞にもセンスがいいものではないけどクロスの中央には大きな文字が刺繍してあり私達に合った
言葉を選んだみたいでその気持ちが嬉しかった。

 

彼女はいつも自分の故郷の話や家族の話をしていて若い頃の写真や家族の写真を見せてくれて、故郷のナザレには世界で1番大きな波が来るんだと毎回同じ話をしながら私達はへぇーと聞き流していた。

 

年末になると家族に不幸があったのかひどく落ち込んでいて食堂で1人で涙しているのを何も気の利いた言葉をかけてあげられずにポンポンと肩をたたくしかできなかった。

そんな状況で、家で写真を撮らせてなどと言えずにいた。

 

年が明けていつもの時間に行ってもアウリンダを見かけることはなかった。

1週間位してようやくお店に現れたけど、風邪をひいたらしくご飯をテイクアウトして挨拶のキスをしてサクッと帰ってしまった。

それから2週間経った今日。

いつものようにBOSSとお店に行って食べ終わると店員のおっちゃんからアウリンダが天国に行ったと聞いた。

何を言ったのか理解できなくて信じられなかった。
後々BOSSに教えてもらって急に実感が湧いてきた。

『もっとああやっていれば』がグルグル巡り、わたしの小さな目標も叶わずに終わってしまった。

いろいろモヤモヤ考えたりしてると、バタバタしながらリスボンへ来てしまったからおばあちゃんへやり残した事があるのを思い出した。

いつでも言えると思っていると、気付いた時には手遅れになるらしい。
最近誰かが明日やろうは・・・って言っていたし。。

いつも新しい朝が来るけど、希望の朝なのは本当に幸せな事だ。
後悔する前に伝える事を伝えなければと思わせてくれてありがとうアウリンダ!

ナザレのどこかでハーフリットルの赤ワインとコーラを飲みながら見てるだろうか。

 

R.I.P.

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