• Daisuke Ogawa

    ◉小川 大介 “aizulover” 1985年生まれ、福島県会津若松出身。ふくしま広報係。妻と娘と3人住まい。公益財団の事務局員。25以下の学生クリエイターを奨学金で支援しています。日経新聞より、ほぼ日を愛読している。 身の回りのものは、だいたいほぼ日で出来てます。 ▶︎Instagram https://www.instagram.com/aizulover/

やってみたら、の法則。”古典”の入り口に立ってみてわかったこと

やる前に、ぐずぐずすることほど、
やってみたらわるくなかったり。
というか、それなりに充足感があり、たのしかったり。
そんなこと、ありませんか?

朝起きること。
食事を作ること。
風呂に入ること。

暮らしのこと以外にもあります。

読みたいなぁと思っている本。
気になって買ったのに、いつまでもぐずぐず読みださないこともあったり。
心のどこかにスイッチがあるんでしょうね、きっと。
それが何かのきっかけでいきなり読み出したりするんですよね。

ぼくの場合のそれは、“古典”でした。

国内外問わず、以前から気になってはいたものの、
なんというか、きっかけ待ちの状態が数年続いていました。

今回は、この古典というコンテンツについて、書いていこうと思います。

“古典”と一口に言っても、色々なイメージがあると思います。
ぼくが今、“学校”に通って、熱心な読者になっている「シェイクスピア」もそのひとつ。

“学校”というのは、
ほぼ日が企画する半年間の古典の講座。
ほぼ日の学校のこと。

「ほぼ日の学校」より

シェイクスピアは、かの有名なイギリスの劇作家のことです。

ウィリアム・シェイクスピアは
いまから400年以上も昔に
ロンドンを中心に活躍した劇作家。

生きるべきか、死ぬべきか」の
セリフで知られる『ハムレット』や
何度も映画化された『ロミオとジュリエット』、
蜷川幸雄さんの演出でも知られる『マクベス』など、
その作品になんらかの形で触れた方も
多いのではないかと思います。

(以上は、ほぼ日の学校サイトより引用)

ちなみに、ぼくが学生の頃から愛してやまない、ほぼ日

学生時代から今日に至るまで愛用している「ほぼ日手帳」をはじめ、
彼らが企画、制作するコンテンツに、これまでさまざまな恩恵や刺激を受けてきたじぶんにとって、この学校コンテンツは、またとない学び直しのいいきっかけでした。
すぐさま申し込み。

毎回の講師の方がそれぞれオリジナルのテキストを準備。

この講座が初回ということもあって、
99名の受講生のみなさんとともに、糸井さんも毎回授業に出席。
隔週で外苑前のほぼ日オフィスに通い、さまざまなバックグラウンドの講師の方からシェイクスピア観についての話を聞いたり、質問をしたり、時にはワークショップをしたりしています。

実のところ、今後、オンラインでの講座展開があるとのことで、
ほぼ日愛読者のじぶんにしては、これまでは書くのを控えてきました。

ただ今回、授業の内容というよりも、
この講座を通して学んだ“古典”、
そして、シェイクスピアが「生み出したもの」について書いてみたいと思います。

消化にやさしい読書はあっても・・・

会社からの帰り道、特に用はなくとも本屋の棚を眺めに書店に入る習慣がある。
あいかわらずの光景だが、「〜しなさい本」や「◯◯力」といった本はいまだにかなり多い。

先日、たまたまFacebookで興味深い投稿を目にしました。

Howは、ハック本。
Whatは、ベストセラー。
Whyは、古典。

ハック本には、その時、その瞬間「どうやったらいいか?」が書いてある。
ベストセラーは、タイトルの奇抜さとプロモーションの上手さで瞬間風速的に人口に膾炙する。
古典は、変わることない真理があるからこそ読み継がれてきている。

・・といった内容でした。
ぼくも、なんだか頭が疲れていて、手軽に栄養が欲しいなあって時に手を伸ばしがちなのが、Howのハック本。
そこにはよくある課題と、解決法が手短に載っていて、FAQのようでもあるし、
一言で言えば手軽に「消化できる」本。
頭とお腹にとてもやさしい。
たしかに、ここに考える余地は少ない。
エナジードリンク的な読書だ。

ベストセラーは、書店でも目立つところに置いてあるし、評判がいいならと手に取ることも多い。
娯楽として、ネタを仕込むため、つまり「消費する」ためにはいい本だ。

古典が、書店のメイン棚にくることはほとんどない。基本はひっそりと、定位置に格納されていることが多い。そうなると、目にとまって、手に取るチャンスもない。
また、手に取ったからといってその場で立ち読みするような代物でもない。
このようないろいろな理由もあって、これまですすんで読もうとしてこなかった。

古典の入り口に立ってみた。

逗子のととら堂にて購入。遊びに行った街の古本屋巡りが大好き。

“入り口に立った”

今の状態は、この表現がまさに正しいと思う。
何と言っても「へえ!シェイクスピアって、イギリス人なんだ!」くらいからのスタート。

そこから現在、オセロー、ハムレット、テンペスト、ヴェニスの商人・・と読み進めている。
順番は特に気にしていないし、気の向くまま、あとはブックオフや、地元の書店で目に入ったままに購入を進めている。
もともと本を読むペースは人よりも遅いが、読んでいることは好きなので、ゆったりと。
食わず嫌いだった食べ物が、本当は大好物だったような、そんな感じ。
そしてなんというか、基本的には脚本を読んでいる感じなので、読みにくさがあまりないのも理解を助けているんだろうなあ。

古典の学校に行ってみての感想。

定番の作品でも、自分の“タイミング”がくるまで読まないスタンス。
気持ちが乗ってくるまでは、授業の予習もしていませんでした。

授業の中で、物語についての感想や、描写について話したりすることもよくある。

そんな中でとてもおもしろいなあと感じるのは、
人によってシェイクスピア作品の受け止め方や物語の解釈に違いがあるということ。

もちろん悲劇だったり、ファンタジー要素の強いものだったりおおむねの方向性は、ある。
ただ、作品から感じ取るものや、沸き起こる感情など、読後感や印象に人それぞれ違いがあることは、あらたな体験だった。
そして、それこそが優れた書き手(クリエイター)としての大きな価値なのではないかと。

シェイクスピアが書いたのは、“解釈の余白”。

これまでのシェイクスピアの授業を通じて、ぼくがひとつ結論づけたこと、
それは、“古典”が永く読み続けられる理由は、
“解釈の余白”を残しているからだ、ということ。

いまだに、世界中の多くのファンから愛され、
舞台や映画の題材となり、多くの書籍に引用されるシェイクスピア。

それがなぜ可能かと言えば、
二次作品の作り手や、それを読む人、観る人それぞれに異なる新しい解釈という価値を提供しているから。

今回参加している古典の学校にしても、題材としてのシェイクスピア作品に解釈の余白があることで、講師や参加者が、“解釈する”というアクションを担うことができる。

これは他の古典についても同じことが言えるのではないか。
そのような目で、シェイクスピア以外の作品についても触れてみることにする。

ほぼ日での授業は折り返しをすぎ、あとは後半戦。
これからの展開にも注目したい。

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◉小川 大介 “aizulover”
1985年生まれ、福島県会津若松出身。ふくしま広報係。妻と娘と3人住まい。公益財団の事務局員。25歳以下の学生クリエイターを支援しています。日経新聞より、ほぼ日を愛読している。
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