1.右脳と左脳、インプットとアウトプット

今日はお時間をいただきありがとうございます。では、とりあえず、乾杯!

乾杯!笑

さっそくなんですが、今BREWという媒体を運営しています。そこで僕らもブログというかたちで参加させていただいているのですが、文章をつくるということに関して伺いたいなと。

文章を書くってことに関しては、例えばデザインするにも、絶対いきるとおもうけどね。

それってなんか右脳が芸術脳とか左脳が論理脳とかってことですか?

左脳の働きがかなり重要になってくるじゃん 文章って。右脳はもっとちがう視覚とか、聴覚とか嗅覚に訴えられるけど活字はやっぱり左脳からはいってくるものだから、領域が違うからいい感じのそのバランス感覚を養えるんじゃないかな。これでかっこいいでしょ的なのはさ、筆を持てばできるけど、文章ってのはそういうわけにはいかないから。それをどうかっこよく伝える為にはっていうのは普段使ってない左の脳を使ってかっこ良く見せようとか、何かを伝えようってするから。いい練習になるんじゃないかな。

一回文章脳のほうにいくことで、右にいくときは右に突っ走れるみたいな感覚はなんとなくあります。

うんうん。バランスはすごいよくなると思うよ。なんかデザイナーってさ、口べたですからって言っとけばいいようなとこあるじゃん。でもそれは割と文章で強度をつけられる様になると、それでうまくプレゼンをしろってわけじゃないけど、そのプロダクトにストーリーを割と理屈で落とし込めるていうかさ。なんかなんとなく思って作ってるものじゃなくてもう少しこう、人に伝えられる言語でその物語を作れる文章ができたら強いと思う。

僕も前にツイッター始めたのが、140っていう文字制限が心地いいなと思って、それこそ自動筆記的な文章練習で毎日やろうと思って始めたんだよね。その自動筆記がね、なんか当時キーワードで。

自動筆記って自動に?

うん。考えないで出しちゃう。いやもちろん考えるけど、なんだろう、考えれば考えるほど石橋をたたいちゃうというか、それを例えば外に出すのであれば尚更角も丸くしなくちゃいけないし、起承転結をつけなきゃいけないしってなるんだけど、でも本当は自動筆記ってかだだ漏れのほうがリアルだよね。その、自分の感情にダイレクトっていうか。

その自動筆記をやろうと思ったのってなにか目標があったんですか?

なんかね、元々の性格もあるんだけど、考えすぎ症候群というか。でもなんかそういうのやだなって途中で思っちゃって。なんだろう、30代になって、表層的にかっこつけるのはもうダサイなって。で、それがどうやったら出せるかっていうとほんとにそういうだだ漏れというかその編集する猶予を与えないものとかさ、いわゆるライブ感のあるもののほうが真実っていうかリアルなんじゃないかと。例えば、なんか時間もらえればかっこいいものつくれますけど、今何かやれって言われたらだめですって言うのってどうなのかと。

確かに。

お笑い芸人がおもしろいこと言ってと言われておもしろいこといえるのってすごいじゃん。でも本来はそうあるべきっていうか、2日くださいって言って、はいかっこいいもの作りましたっていうのもあんまりかっこ良くないなと思って。いやもちろんそれは仕事としては必要な場合はあるんだけどね。ぽーんときたらぽーんと返せるぐらいの瞬発力がなんかまぶしく感じたっていうか。

自動筆記をしてやっぱりなんか変わってきました?

変わりますねー。なんだろ面白さがどんどん深堀りできるようになったていうか、いわゆるものの見方が、多面的になったていうか。世の中の相対評価よりも、自分の絶対評価をちゃんと大事にできるようになった。かなあ。基本的に世の中は相対評価で、100人中90が言った方がいいものとして捉えられるんだけど、自分が思ったのが10だったときはそれを割と信じたほうがいいっていうことに気づいた、かな。

でもそれは10になれって言ってるわけではなくて、異端に走るとか、奇をてらうとかっていうのは答えが違うんだけど、人ってたまたま少数派になったとき、割とそこ信じて突き進めないじゃん。あれこれっていけてないんだっけ?みたいな。で、余計な雑誌とかネットとかの情報引っ張りだしてあーこれイケてなかったわってなっちゃう。

それがツイッターの自動筆記がきっかけになった?

そうもっとかっこいい言い方すればアウトプットなんだけど、だだ漏れだから無意識レベルのアウトプット。結構リスク高いんですけどね、無意識レベルのアウトプット。

それ読み返さないんですか?

もちろん読み直しますよ。言わんとすることは曲げない。なんか最近さぼってたんですけど、毎日ここ(駒沢のフレッシュネスバーガー)から投稿してたんですけど、最近また復活してて、今日が何の日だとか、そういう時事ネタから、それがAだとしたらそれになんかもうひとつBをくっつけてひとつの小話を作るっていうような練習をしてる。

そうするとなんかエピソード作りも楽しくなってきて。電車に乗ってる人とか、今日会社で隣の人と、小話をするためのエピソード作りなんです。今日何の日らしいよみたいなののアシストをしてるんです。今日エジソンが生まれた日らしいよみたいな。

あーなるほど!

なんかあるじゃんこうしゃべんなきゃいけなかったりする時。それを勝手に駒沢からお伝えしてる。

向こうの相手を想像しての自動筆記。

そうだからなんだろうな、一応大げさなことを言うと世界のためにやってる。すごい大げさだけど(笑)

だからたぶん共感する人が多いんですよね。

まぁ多少はね。そうだとありがたいよね。

今は本屋として発信していく側ですよね。それはもうちゃんと見られる側をちゃんと意識して発信してます?

割と個人と本屋の境界線も曖昧というか、本屋として発信するのは割と少ない方なんですけど、たぶん。お店の営業案内くらいしか普段はしてないけど、やっぱり意識をしてるというか、本屋らしいことをやろうとはしてるけどね。

BREWは2,30代の人が見てくれてる人が多いかな、と思っていて、僕ら自身もそうなんですけど、その相対評価から絶対評価になっていきたいとかって思いはあるんです。ただ単にアウトプットが足りてないのかなぁ。

アウトプットが足りないってのは大きいファクターだと思いますよ。アウトプットの練習。要はバット振ってなんぼなんですよ。たぶんほら野球なんかやってると素振りしてれば自信がつくじゃないですか。そこは練習量はきっと嘘つかないので、どんどんどんどん思ったことを言う習慣がつけばどんどんどんどん自分のリスクが下がってくってことだと思うんですよ。なんか思いを口にするこっとって、なんかすごい勇気のいることみたいになんとなく言われますけど、でもそうじゃないんだってことが段々気づいて、あるいはもっと自分が鈍感になっていけるっていうことかもしれない。

逆にインプットってどうですか?

インプットは悲しいかなやっぱ年齢と反比例していくんですよね。20代30代が一番こうスポンジのように自分の興味軸でどんどん情報が入ってくるし、貪欲に吸収していくと思うんですけど、僕はもう40手前になって35くらい越えてくるとたぶん賢くなっちゃうので、そのーなんだろうな、最大公約数、最小公倍数的なものにフォーカスする能力が長けてくると思うんです。ぽっと情報が来た時に、あーこれは自分にはいらない情報だとか、これは自分にいる情報だっていう判断力がたぶんついてるから、だから割とそのインプットは少なくなってくるんすよ。それはいいとこもあれば悪いところもあって、悪いところは無駄をとらなくなる。で、あとで気づくんですよ、無駄が必要だって。

無駄が必要。

食べ物屋もそうでやっぱり無駄、失敗をしないと美味しい店選びって出来ないじゃないですか。行ってみたけどマズかったとか、その経験がないとやっぱりなにがいい店とか分からないとか。そういう意味では、やっぱり無駄の経験値ってすごい大事だよね。

だから例えば雑誌がこれがいいって言ったとか、好きな先輩がここのお店に行ってるからとか、僕がかっこいいと思ってる同僚はここの洋服着てるからといって、それ全部イエスイエスしてると、やっぱりその人は何も結局身に付いてないていうことにもなる。身銭をきって、体験を買ってないから、結局いいものは知ってるけどなにがいいなのか説明しろって言われたら実は出来なかったり。かっこいいけどオシャレだけど、それってなんなのって言われた時にその人は何も語ることが出来ないことになっちゃう。

確かにそうですね。昔は無駄が多かった?

そう、30代の時の無駄が多かったことが今生きてるってことかな。無駄な経験の方がいわゆる教訓として残るというか、そういう気はするかなぁ。

だから結局自分の頭で考えるか考えないかだと思うんだよね。なんかの本で読んだんだけど、なにかを本当に好きになったことがある人は、別の畑に行っても必ずなにか成功するチャンスがある。どういうことかって言うと、要は今ってどちらかというと浅く広く文化だから何かを能動的に好きになるっていうねチャンスがないんだよ。でも自分で選び取って何かを好きになった経験がある人は、例えばそれが野球でね、野球がものすごく好きになったら、セカンドとショートの違いとか、ワンナウトとツーアウトの守備陣形の違いとか、そういうディティールがわかるじゃん。

で、それがなにかに置き換えられるわけよ、例えば音楽にでも。ビートルズとローリングストーンズはどう違うのっていわれた時に、野球をものすごくすきになった経験があれば、いってみればショートとセカンドの違いだね、とか、じゃあファーストはエリッククラプトンだよね、みたいな例え話に持っていける要素がある訳。でもそれがないと、何をするにも、結局何かに根ざしことがないから全くそこに自分の中から出てくるエモーションがないっていうか、それはなるほどなと思った。

なるほどなるほど。

だからなにかを本当に好きになったことがある人はたぶんセカンドチャンス、サードチャンスってのはちゃんとあると思う。

2.ホットコーヒーかアイスコーヒー

中村さんも人生の転機、いわゆるターニングポイントっていっぱいあったと思うんですけどそういったものってありますか?

最近はやっぱ本屋やったことじゃないですか

でもなんかそれで言うとやっぱり、ターニングポイントって人生に3回よりは人生に300回あった方がいいよなっていう風には思う。村上春樹の引用なんですけど、アンタが右足を出すか左足を出すかで世界は変わるんだって言葉があるんですけど、でもそれ間違いなくて、それほんとに自分が右に行くか左に行くかで世界って変わる。少なくとも自分の人生は変わるんですよ。でも自分が世界の一員だとしたら、世界も変わる。それは劇的にかわるかは置いといてね。って考えて生きると割と何事もターニングポイントになるっていうか、だから安易なジャッジをしなくなる気がするんだよね。だからアイスコーヒーを飲むかホットコーヒーを飲むかで、本来真剣に悩んでいいと思うけど、でも何でもいいよってなっちゃう人がいると。例えば、彼女と一緒に来て、彼女が買ってきてくれるらしいから何がいいって言われて何でもいいよって言う人いるじゃん。で、そういう人非難するつもりはないんだけれども、そういう安易なジャッジをしていくと、割とそういう安易な人生になってしまうと僕は思っている。

うーん なるほど。

でもたぶんそれこそデザインの仕事とかしていくと安易なジャッジがすごい命取りになるじゃない。結局何かのプロダクトに強度を持たせるのって、遠くから見た遠景ではなくて、近くにいった近景でその人にいいとも思ってもらえることじゃん。遠くからみたら何でもあーなんかいいねになるんだけど近くに寄ってった時に例えばコンコンて叩いたりとか、クンクンてにおいを嗅いだ時にやっぱいいねって思ってもらえる強度っていのはやっぱりすごい細かいところっていうか、恐らくそれは万物にきっと共通している。料理作る人でもなんか例えばすごい美味しい料理屋が100円ショップで買った包丁使ってたらやっぱり嫌な気分になるじゃないですか。でも恐らくちゃんと料理をするところはやっぱりちゃんといい道具使ってる。

段々こだわっていくとそのディティールで違いが出てくるというか。

出てくる出てくる。

例えばスノウショベリング立ち上げよう、前職をやめてこっちいこうとか、決定づけるなにかってあったんですか?新しいことをしていこうみたいな。

決定づけるで言うともうなんかね、自慢じゃなくて判断力はもう養われてきたと思うんですね、30代になってくると、そうすると僕の中ではもう消去法でしかなくなったというか。その前は、僕はグラフィックデザインをやってたんですけど、なんとなくしっくりこなくなってきて、違うことしなくちゃいけないっていうまず主題が出てきた訳ですよ。要は転職をしたほうがいいだろうって。で、じゃあ何しようってなった時に、もう20代ではないので単純にキャリアプランで言うと割と難しい訳ですよね。そうするとじゃあ何をやろうではなくて、何ができるかっていう考え方になるんですよ。それがいわゆるもう消去法で、大げさなこと言うと自分が世界に対して社会に対して何なら貢献できるだろうって考えた。要はあそこに行きたい、何が食べたいではなくって、自分が出来ることを世の中に還元しようと思えば、できることって限られてて、それが3つくらいあったうちの1個が本屋だった。

ちなみにあと2つは?

サッカーが好きだったので、スポーツライターっていうかスポーツジャーナリストみたいなのをしたいと思ったのと、あとは、アートギャラリー。アートが好きだったのでアートギャラリーをしてみたいっていうのと、本屋巡りが好きだったから本屋をしたいっていう3つの中で一個取ったっていう。それは割とポジティブではなくてネガティブっていうかあれしたいこれしたいっていうのではなくて、これならできそうあれならできそうっていう中で選んだっていう。

いや、でもアートギャラリーやってるところも見てみたい。

そうですね。

でも今後わかんないですよね。

わかんないですよね。

その本屋巡りが好きだったってのは、やっぱずっと本読んでたっていう小さい頃からの積み重ねがあったわけじゃないですか。

そうでもないんですよね。笑 好きなものはなんですか、本です。っていうのはたぶん3番目から5番目くらいで、音楽と映画とおんなじくらい並列で好きだったから。僕は大学に行ってないんですけど、人が大学行ってる時に旅ばっかりしてて、暇な旅人だったんですよね。とりあえず貧乏旅行だから金はないから、どう有効的にその街で過ごせるかってなると行くとこ公園と本屋しかないんですよ。どの街に行っても公園と本屋に必ず行くんですけど、それをやってるうちに世の中に本屋って色々あるんだなって気づいて、割とその本屋巡りがあとあと趣味になって、その趣味がなんとなく最終的に活きてきて。

本屋やろうと思った時になんかこう本屋を始めるっていうゴール地点があるわけじゃないですか。
それに対してどうやってステップ踏んでいこうって具体的なイメージってあったんですか?

具体的なイメージはあったけど、全くイメージ通りにはいかなかったね。まず潤沢な資金がある訳でもないから、一等地の路面店にいい材料を使ってかっこいいデザイナーを起用したお店なんか作れる訳はないから。だから手持ちのお金でうまくやりくりして、どうやったらお店を作れるんだろうって割と逆説的にできていったっていうか。ほんとは公園の入り口の路面店でとかって思ってたけど、結局そんな物件借りたくてもなかなか借りられないしとかね。そうすると条件に自分がもうアジャストしていくしかないっていうか。だから全然イメージ通りにはいってないですよねむしろエイヤーで始めちゃったって感じ。最終的には。なんかやるやる詐欺になってたから。俺本屋やるよーていいはじめてたぶん3年から5年くらい経ってたから、段々旧友に会うのが面倒くさくなってきて。笑 どう本屋とか言うひととかもいたりして、いやまだやってないですみたいな。それがもう完全に積もり積もって、あーもうこれとりあえずやったほうがいいなみたいに自分が追い詰められちゃってー決めたのがあの物件みたいな。

でも駒沢っていうのはずっと決めてましたもんね?

そうそう駒沢で決めてた。

駒沢っていうのは公園が近いとかなんかそういうことですか?

公園が近いがまず第一条件だったし、あとはここにずっと住んでたから、どんな人が住んでるかってのが分かっていて、こんな急行も止まらない駅だけど、なんとなく来てくれそうな人の顔は、友達じゃないけど思い浮かぶみたいな。

それでお店をはじめて、今結構大学生の子とか多いですよね?

大学生も時々来ますねー。

はじめた頃ってどうでした?お客さんの層って。上の人が多いとか年下の人が多いとか。

中心は30代くらいなのかな。
若者は珍しいってか大学生は割と少ないかも。

なんか聞きたかったのは、言い方ちょっとあれですけど、
段々教える側になってくるていうか、そういう時に意識してることってありますか。

あるねー。なんか教えてるとかってあんま思いたくもないんだけど、でもこれ教えてるなってあとあとなることはあって、普通に就活の相談うけたりもするし、あとは転職を悩んでる人の話を聞くこともあれば、もちろん恋の悩みみたいのもあるんだけど、割と就活とか転職とかは答えを言わないようにしてるね。僕より10歳も20歳も年下であれば、たぶんその人にとって楽な答えは提供できると思う。楽っていうかきっと正しいであろう答えは。そんなの今だけの感情ですよとか、例えばさ、世の中はそういうもんですよみたいなのって、自分の経験値だけで語れるし、でもそういうのを、この人きっとこうなるだろうなと思っても割と答えは自分で決めた方がいいだろうみたいな。だからヒントとかを投げることに徹してる気がする。

だからヒントはあげるけど、ホットコーヒーかアイスコーヒーかでちゃんと悩んで決めろってことですよね。

可能性は見せてあげられると思うけどね。もしこっちの道行ったらこうなるかもしれないとか、でもその時のメリットはここでデメリットはここかもしれないよねとかっていうシュミレーションはたぶんアシストしてもいいと思うんだけど、決定はやっぱり自分でしないと。まーでもその決定力がやっぱり大事だよね。

サッカーでよく決定力不足とかよく言うのほんとおかしいなと思うんだけど、決定力足りたこと一回もないからね。サッカーで。決定力不足ってもうさー、常に。あとは国の景気回復と一緒。バブルがリセットだろって。あそこ見て景気回復って言ってるのって時代感ない気がするよね。

3.ブランディングということば

あともうひとつ単純に聞きたかったのが、BREWのサイトみた時にどう思いました?

単純にまずダジャレきたなっていう。ブルーだな。っていうのを。でもなんかブループリント感ていうか、印刷好きとしては、青焼的なニオイがしていいなと思いましたけどね。

やっぱカラーのほうがわかりやすのは間違いなくて、でも今わかりやすいことばっかりじゃないですか。でももうちょっと見る側が踏み込んで分かるみたいなコミュニケーションがあってもいいんじゃないかなと思うんですけど、どう思います?

うーん、それはwebメディアが顕著な例だよね。その分かりやすさが求められたりとか、webも何回か転換期があって、いわゆるユーザビリティ重視の時代がワーってあって、今はそれこそスマートフォンに段々シフトしつつあるからまた転換期ではあると思うんだけど、ユーザーにストレスをかけてはいけないのが割と重大なことじゃんwebの場合って。そういう意味では、そういう例えば違和感を出すって言うのはかなり挑戦にはなると思うんですよ。でもその挑戦をまずはクライアントが理解するってのが大事だと思うけど、結局その挑戦に価値があるっていうのを伝えていかなくちゃいけないんじゃない?
ブランディングって言葉言いたくもないけど、きっとたぶんそれがブランディングになってくっていうか。だからなんかブランディングって本当にすごいきれいな言い方でさー、なんでもかんでもブランディングって今言っちゃうけどさ、本当はもっと大事な時に使う言葉だと思うのねブランディングって。

毎回毎回そう言ってくとどんどんその言葉が消費されちゃってださいもので、要はカリスマなんちゃらカリスマ美容師みたいになっちゃうものなのよ、ブランディングも。でもやっぱりそれを強度を持たせる為には、いかにブランディングって言葉を使わないでそれをどんどんどんどん外堀を埋めていくことだと思う。だからそのアイディアとしてすごいそのワントーンていうのはいいと思う。でもほら結局絶対障害も出でくるじゃん。だって写真だったらフルカラーのほうが再現性はいいし、表現力もつくけど、でもそのコンセプトに縛られるってのは常に機能するわけではないじゃん。でもそれ、そっちいっちゃうと結局ガタッと本末転倒になっちゃう可能性もあるっていうか。だからでもどっかでやっぱりそれをうまく表現する言葉というか、があったほうがいいのかもしれないよね。それこそだから少し考えてもらって、その人の中で答えになるような表現のものとか、その、なぜブルー1色なのかって直接的に言っちゃうとそれこそ親切すぎると思うんだけど、でもそれを、あっ、だからブルーなんだって言わせちゃうのが勝ちというか、ブルーという言葉を用いらずに。でも今時はなぜブルーなのかをみんなが欲しがっちゃうじゃん。答えを。でも挑戦としては、それを言わずしてこの人たちだからブルーなんだって言わせる取り組みをしていけばいいんじゃないんすかね。

あと、最近よかった本は?

だいぶ変わりましたね。

はいだいぶ変えちゃいました。

何個かあるんですけど、遠藤周作の沈黙。かな。最近ていうかここ1年で一番。あとはね、もう一個言うと、カートヴォネガットのスローターハウス5。

なるほど、メモさせていただきます。

中村さん本の読み方ってどういう感じなんですか?

読み方っていうのは?

シチュエーションから、どれぐらいのペースで読むかとか何回読み返すかとか。

基本は読み返す派なんですね。だから極端な事言うと、村上春樹の本だけで十分、この先、生きていけるんだけど。だから同じ本をずっと読み返してるんですけど、必ず本を持ってコーヒーを外で飲む習慣と、あと冬場は必ずお風呂に持ってってのが習慣かな。あとは気まぐれに今日は外に行って本を読もうっていって、喫茶店とかにいって本読むこともありますね。

選ぶ時はランダムに選ぶ感じなんですか?それとも気分で選ぶ。

気分の方が多いですかねー。あとは単純に仕事上読まなくちゃいけない本とかが出たりすることももちろんあるんだけど。書評を書くみたいなとか。

わりと早いペースで?

そういう時はパパパと早くも読めますけど、基本は遅い方じゃないかなぁ。戻ったりもするし。

でも本当繰り返して読む本が多いから、基本覚えてる所も多いから、色々かな。でも割と自分が読みたい本はあらすじがどうでもいい本のほうが多いんですよ。だから多分繰り返し読める。そのあらすじがはっきりしてる本て、繰り返し読む必要がないっていうか。

いま、憧れてる人、かっこいいなーって思う人いますか?

なんでしょうねー、でもそういうのほんと減ったかもしれないですねー。昔はパッと思いついたかもしれないけど、割ともうあんまり生きてる人を信用してないかもしれないですね。

故人?

結局人の評価って、死んだ時にしかできないっていうか、要は80歳から覚醒する可能性もあるじゃないすか、人は。80年ウダウダ生きてきたけど、80から90までの人生が俺のハイライトだって言う人生も素晴らしいなと思うんですよね。そうするとこないだプリンスが死んだとき思ったのが、プリンスの前にデビットボーイも死んだ時に、結局ロックスターが物悲しいのは、例えば今生きてる元ロックスターでデブでアル中とかいっぱいいるわけですよ。でも例えばカートコバーンとか、ジムモリソンとかジャニスジョプリンとかジミヘンドリックスっていうのは27歳のままで要は伝説になっちゃう訳ですよね。写真が引っ張られる時もかっこいいままでさ、で、当然、だから若くして死ぬと伝説になっちゃうんだけど、尾崎豊もそうだけど。じゃあ尾崎豊が今生きてたらジュリーみたいになってるかもしれないわけですよ。例えば。沢田研二だってそりゃあ尾崎豊の年齢の頃は、もうみんなが失神してたわけですよ。でも今はお腹出たおじさんになってるわけですよ。で、それを見比べた時に、どっちがいいの?いや生きてる方がいいでしょ。って、僕は思う。いや僕は尾崎豊みたいに死んじまった方がいいよって言う人ももちろんいるかもしんないけど。でも、太ったりもしただろうし、世間から見たらおじさんになってしまっても、僕はジュリーみたいに生きてる方がいいから。で、じゃあジュリーをどう評価するのってなった時に今はおじさんでもって考えると生きてるうちが評価できないなって。だからデビットボーイもプリンスも色んな時代があったけど、やっぱり死んでからじゃないと評価が出来ないなーってことを思ったんですよね。

確かに。

少なくとも希望は持った方がいいじゃないですか。60からの人生に。まだまだこんなんじゃねーぞみたいな人のほうがきっと人生として面白いし。

そうですね。DJのおばあちゃんみたいなね。

そうそう、だからいつまでもね、20代のままはかっこいいけど、それはそれでね。

4.コミュニケーションのスピード

コミュニケーションがインターネットになってきて、一旦考える時間て多いじゃないですか。昔みたいにこういう雑談的なコミュニケーションが減ってる中で、僕もそうなんですけど、こういうのが急に行われた時に返すスピードめっちゃ遅いんですよ。遅くなってるっていうのも分かってて。だからこういう機会を逆に設けたい。笑

あるいは考えないかだよね。垂れ流しにする。垂れ流しにしたら何だすか分かんない。でもそれ、悲しいかな嘘じゃないんだよね。もちろん嘘も含まれるけど嘘じゃないんだよね。

過去の自分恥ずかしくなっちゃうこととかってあります?考えて喋るとリスク減るじゃないですか。そういうことを辞めて、わーって喋った時に適当なこと言っちゃったなーみたいな。

でもね、適当なことは言わなくなった、逆に。あ、もちろん言うけど、減ったとは思う。だからそれはさっきの右へ行くか左へ行くかのジャッジメントとその練習が出来つつあるとういか。これも例え話なんだけど、人生を左右するジャッジメントてたぶん10回もないじゃないですか、右へ行くか左へ行くか論でいうと何回もあるんだけど、家買うとか結婚するとか、そういう少なくとも毎日は起こらないジャッジをちゃんと出来る人は、逆に日々のジャッジをちゃんとしてる人だと思う。細かいジャッジを注力してジャッジしてる人は、大きい時にたぶんひるまないと思うんだよね。自信を積み重ねてるから。なにか大事なことを言わなくちゃ行けない時に、もちろん勇気は振り絞るけど、たぶんジャッジメントで迷うことはないというか。それはわりと日々の積み重ねが大きくものを言うんじゃないかなと。

もう一個聞きたいのが、日本は結構合わせなきゃいけない文化がある。でも、とは言っても合わせてたら自分の意見言えないわけで、自分の意見を言う空気作りについて考えます?

でもね空気作りは一番大事ですよね、空気作り雰囲気作りあとはやっぱり言いっ放しにしないっていうのも多少必要なのかもしれないですよね。ある程度出来る説明はするとか。あとはこれはたぶんすごい常套手段だけどまず意見を言う時はまず人に聞いて自分の意見を言うとか、これ多分本に書いてあると思うんだけど、こんなことは。自分だけ言いっ放しにしないっていう。でもやっぱり雰囲気作りが一番大事でしょうね。

その雰囲気作るためにたとえばこういうことやろうとかあります?

あーでもそれは割とデリケートな、なんかその場の空気を読む力がすごい必要なんじゃないですか。だからそれもたぶん色んな判断があって、この人にこういうことを聞きたいけど、この人だったらこっち側から聞けばいいってのは現場でしかわからないっていう。その右から聞くか左から聞くか上から聞くか下から聞くかみたいな言い方もあるし、どういうステップを踏むのかもあるし、それはやっぱり臨機応変さが必要なんじゃないかな。テクニカルなことを言うと多分きりがないんだけど、でもテクニカルなことを言ってしまうなら、どんだけ気持ちよく喋ってもらうかとか、どんだけここが気持ちいい場所であるかっていう風にしていくのは大事なんじゃないですかね。アドリブの力と言うか、今のインターネットの時代で一旦考えてから出来るって思い込んでると、こういう現場で空気作れないし、
こういう風にしなきゃっていうのから脱線した時にやっぱどうしたらいいか分かんないみたいな。

だからコマンドZってあるじゃないですか。マックのキーボードに。あれが結構リアルに浸食しちゃうことあるんだよね。できもしないのに押してるみたいな。しかも10回くらい押してるみたいな

例えばこういうインタビューでもある程度考えてきたことはあるけど、でもそこからズレていく先にひろがっていくのが面白いなと思ってしまう。

でも結局さ、人が集まってこうやって話をするのは予定調和だけじゃつまらない。でも今時ってほんと予定調和でしかなくって、特に雑誌の取材とかだとライターも書きたいことが決まっててだから書きたいことのイエス、ノーの質問をしてくることが多いよね。でもほんとに素晴らしい仕事をする人達ってのはそういうことじゃなくて、まだ私の知らないことがあるんじゃないかって言う話をしようとするし、そこはやっぱり決定的に、昔テープでメモ書いてた人達の取材力ってやっぱすごい。だから世の中に出てない情報があるはずだっていうガッツの違い。すべてを初見にするみたいな。

でもそれってたぶん何でも一緒ですよね。直接会ってるからこそ生まれる何かがあって、それはデザインも一緒だと思ってて、家で考えて、ハイこれじゃなくて、打ち合わせで生まれる芽があったりするわけだから、そこで何かが生まれた時にそれをキャッチアップできるかどうかっていうのがポイントなのかな。

そうキャッチアップできるかどうかだね。その機会を逃してしまうことはあるだろうからね。いま面白い事言ったー!っていうそこに突き進める勇気と能力。

もっと勇気を持ちたいなほんとに。

勇気だね、勇気になっちゃうかなー。

勇気、ですね。ありがとうございました。

□ PROFILE

中村秀一

駒沢公園のほど近くにあるブックストア/ギャラリー、SNOW SHOVELING店主。前職はグラフィックデザイナー。店名は村上春樹の小説『ダンス・ダンス・ダンス』の一節で、主人公が自らの仕事を表現する「文化的雪かき」というメタファから由来している。自称出会い系本屋という本や雑貨が所狭しと並ぶ魅力的な空間。そして何よりも魅力的なのは店主中村氏との会話かもしれません。

http://snow-shoveling.jp/