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村野 友明 / Tomoaki Murano 家具・インテリア会社「Rigna」事業部長兼執行責任者。 / 1979年千葉県生まれ。専修大学商学部卒業後、個人投資向け営業会社に入社。大塚家具へ転職し個人、法人のインテリア提案、家具設計業務に付帯。その後デザイン注文住宅設計事務所フリーダムアーキテクツデザインに入社。不動産及びファイナンスのコンサルタントとして従事した後、オンラインでのインテリア相談・コーディネートサービス「HelloInterior」を共同創業。その後現職に至る。富裕層・著名人顧客を多数持ち、オンライン・オフライン合わせて3,500件を超えるインテリア相談・コーディネートを対応。ミッションは「インテリア業界をアップデートする」。インテリア、建築、サーフィン、ゴルフ、音楽をこよなく愛する。バンタンデザイン研究所空間デザイン科卒業。

柳父豊とリグナ村野〜後編〜

2020年10月5日

リグナは東証1部上場企業の中では3番目に創業が古い「綿半」という長野県飯田市にある会社の傘下に入ることになる。

創業は1598年。織田信長の家臣であった綿屋仁兵衛が、飯田の地で綿商を始めたのが起源。僕も発表の前日まで全く知らされていなかった。

東京の四ツ谷にビルを構える

リグナの第二創業期

大手の古い会社とは聞いていたが、まさかここまで大きく、歴史のある会社だとは思わなかった。そして、綿半から取締役が就任され、新体制になったリグナ。いよいよここからリグナが業界で天下を取る夜明け…M&Aなんて経験した事ない我々と、M&Aに慣れている親会社。親会社はリグナと関連会社を関わらせて、さまざまなビジネスをやろうと積極的に動いてくれる。ここまで手厚く対応してくれるのは意外ではあった。

そのPMIを進める中で、色々な話し合いが行われる。リグナの第二創業が始まった。

PMI とは(参考)

柳父さんとはほぼ毎日、Slackやらメッセンジャーやら色んなツールで連絡を取っていた。朝も5時から夜中まで。仕事もプライベートも色んなことを話してきた。

お互いインテリアが好きで、Pinterestやinstagramでインテリアの写真を見ながら

「このインテリア、めちゃよくないですか??」と、時には3時間も語っていたこともある。

本当に熱量が高く、勉強熱心で、礼儀正しく、それでいてとても謙虚。

どこにいっても彼を悪くいう人はいない。

年齢は僕の方が10歳も上であるが、立場は僕が部下。それでも最大の敬意を持って向き合ってくれた。

柳父さんの前職である「株式会社アピッシュ」の社長である山崎美香さんとの会食。美香さんには「柳父を信じてついていけば大丈夫!」と熱く語られた。

 

M&Aが終わり、いよいよ柳父さんと作る新しいリグナ。

期待に胸をワクワクさせながら、走ってきたこの数ヶ月。

ただ、それは長くは続かなかった。

柳父さんが退任することを決意した裏には色んな背景がある。それをここで細かく話すことは僕はしない。簡単にいえば、「経営」という観点での「相違」としておく。

村野の今後

柳父さんの退任を公表した後、色んな方から・・・

「村野さんはこの後どうするの?」

と、心配の声をいただいた。

正直、まだ気持ちの整理はつかない。やっぱり柳父さんと一緒にリグナを育てて、業界をリードする会社にする思いが強かったから。本人も説得したけど・・覆らなかった。

ただ、僕にはリグナを辞める選択肢は全くない。

僕はまだリグナで何も成し遂げていないから。

ここで僕が辞めるのは、ある意味で「放棄」になるし、まだまだリグナでやっていきたいことや夢がある。そして何よりもそれを支えてくれるスタッフもいる。

ただ、、、大人気なく本音を言わせて欲しい・・・

柳父さん。ずるいよ。

僕を引き入れておいて、勝手に先に辞めるなんて・・・

でも、僕が柳父さんの叶えられなかった思いをリグナで叶えてみせるから・・・

「人々のライフスタイルに情緒的価値を生み出す」

これを書きながら、目頭を熱くしている41歳の僕だけど・・・

絶対にリグナで思いを叶えてみせる。

個人の付き合いはこれからも続くけれど、リグナでのパートナーはこれでおしまい。

柳父さん

本当に感謝ばかりです。ありがとうございました。

短い期間だったけど、最高に楽しい時間でした。

僕がリグナをみんなと一緒に日本をリードするインテリア会社にします。

また絶対にどこかでビジネスができる日を心待ちにして・・・

2021年3月31日