「兼業音楽家」という生き方

明けましておめでとうございます、ケルトの笛のhataoです。私はフルートなどの管楽器を演奏する現役の音楽家で、ケルト音楽専門楽器店「ケルトの笛屋さん」の経営者でもあります。この連載では、スモールビジネスを営む私が、起業やビジネスについて、アイデアと経験をみなさんとシェアしています。

年末コンサートの様子

私はハープ奏者と二人でhatao&namiという音楽ユニットで演奏活動をしており、今年で活動12年目となります。私たちは毎年、ケルトや北欧の音楽を中心に特別なプログラムを組んだクリスマス・コンサートを開催しており、今回は私たちのCDのジャケットを手掛けるアーティスト、Land Watanabeさんの個展との共催という初めての企画で、音楽とアート作品のコラボレーションをお客様に楽しんでいただきました。

音楽コミュニティの世界を覗いてみよう


私が演奏する音楽はちょっと変わっており、ヨーロッパの伝統音楽です。日本では、人気の高いアイルランド音楽など民族音楽シーンが活気付いており、ジャンルを超えた交流も盛んです。普段音楽に関わりがない方のために、私たちのコミュニティを少しだけご紹介します。

民族音楽や民族楽器は、私が興味を持ち始めた1990年代はアクセスしにくいものでした。インターネットがまだ普及しておらず、楽器やCDを手に入れるには輸入するか現地に行くかしかなかったのです。しかし世界中の情報とモノが簡単に手に入るようになった今、民族音楽は誰にとっても手の届く存在になりました。実用的な翻訳ソフトのおかげで言葉の壁もずいぶんと低くなりました。そのため、一度も現地に足を踏み入れずとも、動画レッスンで楽器を学ぶことも今や不可能ではありません。

音楽は一人でも楽しむことができる趣味です。しかし、人と関わることで、その楽しみはより大きくなります。たとえば先生を探して直接習ったり、楽器職人と連絡を取ったり、趣味仲間を見つけて教え合ったり一緒に演奏したり、その音楽好きな人を集めてコンサートをしたり。人とつながることで、コミュニティが形成されます。本来は人と打ち解けるのが苦手な私も、音楽のコミュニティに所属したおかげで孤独にならずに生きることができています。

伝統音楽というと、厳格な師弟関係や先輩後輩の上下関係があったり、保守的な気難しい人がいたりと、堅苦しい印象を受けるかもしれません。しかし私が関わっているヨーロッパの伝統音楽のコミュニティは、緩やかで穏やかなものです。例えば「アイリッシュ・セッション」は、同じ音楽を演奏する人であれば、原則的に誰でもいつでも参加できます。決まったメンバーで演奏するバンドのようにライブのための練習はありません。定期的に飲食店で開催しているので、気が向いたら参加すればよいのです。セッションにはプログラムが無く、知っている曲があれば演奏し、知らない曲があれば飲食したり参加者と雑談をして、無理なく楽しむことができます。そこで出会う人とはその場だけの関係なので、深くプライベートには立ち入らず、人間関係のトラブルは起こりにくいでしょう。それは「大人の社交場」という言葉にぴったりです。

楽器を真剣な趣味として楽しむ人がその腕前を披露したいという気持ちになるのは、自然なことです。クラシック音楽であればアマチュアがお金をとって演奏するというのは許されない雰囲気があります。ポップスでは、ライブハウスを借りる際のチケットノルマを達成するために友人に売りさばかなくてはいけないという話も聞きます。一方で民族音楽は、発表するハードルも低く、たいていのコンサートはカフェやギャラリーなどで30人程度の少数を対象に開催されます。入場料もカンパ制か安めの金額設定で、参加者が楽器を持ち込んで終演後に全員でセッションをすることも珍しくありません。

兼業音楽家という生き方


音楽は人生を豊かにする素晴らしい趣味です。しかし、音楽という時間の芸術に真剣にコミットするのであれば、時間はいくらあっても足りません。働きながら、余暇を使って楽器練習や音楽を聴く時間、文献などを学ぶ時間を捻出するのには限界があります。趣味として音楽をするのであれば、楽器が思うように上達しなくても折り合いをつけなくてはいけません。それが我慢できないのであれば、兼業音楽家という働き方を選択することを薦めます。

私自身も、もともとは、いえ、今でも一人の音楽愛好家です。音楽家というと特別な訓練を積んできた人のように思われるかもしれませんが、楽器を始めたのは18歳、大学は文系学部卒業で、特別な資格も受賞歴もありません。そんな私でも兼業音楽家として活動することができます。

民族音楽は(あるいはポップスもそうでしょう)、プロになるために資格が必要だったり、クラシック音楽のように学歴や受賞歴によってランクが決まったりする世界ではないので、プロとアマチュアとの境界はあいまいです。今は伝統音楽の資格試験やコンペティションがあったり民族音楽で海外留学をする人も珍しくはありませんが、音楽は音がすべて。その人の音楽が好きだというファンやコミュニティが存在すれば、学歴など関係ありません。

音楽で生計を立てることは、20世紀まではメジャーデビューしなければ難しかったものです。しかし21世紀はテクノロジーとインターネットのおかげで、大金をかけなくても、芸能事務所に所属しなくても、自分で音源を作成し、みずから情報発信し、ファンを作ることができるようになりました。
1000人に知られ、そのうち30人が入れ替わりながら毎週のコンサートに来てくれるのであれば、演奏で生計を立てることができるでしょう。もちろん、ファンを対象にしたレッスンやCDなどの物販も組み合わせて、です。

音楽からの収入が自動車や住宅の購入資金や老後資金をまかなうほどでなかったとしても、プロ向けの楽器代や海外でのレッスン代をまかなうことができれば、立派なものです。別の仕事で生活費を得ながら、趣味としての音楽活動を続けることができます。

私自身、自分が特別な才能に恵まれていたからとか、ずば抜けた楽器演奏の技術があったから音楽家になったわけではありません。20代で会社員をしていた頃に、まったく練習やライブの時間が取れず、このままでは音楽が続けられないと思ったから、音楽を生活の中心に据えることにしたのです。覚悟を決めれば、なんとかなるものです。

楽器演奏を趣味にすれば人生に退屈しない


少し前までFIREファイア(Financial Independence, Retire Earlyの頭文字、経済的自由を達成して若く引退すること)が花形の人生かのように語られていました。しかし最近は、せっかく働かずに暮らせるようになったのに、退屈すぎてまた仕事に戻るケースがあるそうです。FIREでなくても、会社を定年退職してから家ですることがなく、一気に老化してしまうという話も聞きます。スポーツやアウトドアなど趣味を持っていても、人生の全ての時間をそこに投じられるほどには好きではないのかもしれません。趣味は、仕事の気晴らしとして余暇時間で楽しんでいたからこそ楽しいのです。

その点において、音楽や芸術には終わりがありません。学ぶべきことは山ほどありますし、音楽は聴くのも演奏するのも時間がかかるものです。私は、仮にFIREしたとしても音楽を飽きずに楽しむことができる自信があります。むしろ、全ての時間を音楽に投じられたらどれほど幸せだろうかと思ったりもします。

音楽は人間関係を豊かにします。社会問題となっている孤独や孤立も、音楽の緩やかなコミュニティに所属することで回避できるかもしれません。例えばお正月休みに家族で集る際に楽器演奏ができれば、家族や親戚と豊かな時間を過ごすことができます。それは楽器演奏でなくても、スポーツでも、ゲームでも良いのかもしれません。その中でも、楽器演奏は自分が楽しく、また聴く人を楽しませる、そして仕事にもなり得るという意味において特におすすめしたい趣味です。

趣味がないという方は、今年は一つ退屈しない趣味を見つけてみてはいかがでしょうか。
それではまた次回の連載でお会いしましょう。

□ ANOTHER STORY

SHINGO KURONO

KIKUSUI

Saki Nakui

SHINGO KURONO