アイルランド音楽の教則動画シリーズをYouTubeで始めました

ケルト音楽の楽器店を経営している、フルート奏者のhataoです。この連載では、私のようなスモール・ビジネスを営む方や起業を目指す方向けに、私の経験やアイデアをお伝えしています。

コロナ感染症が落ち着いてきた秋頃から、私はコンサート活動がいきなり忙しくなりました。週末はほぼ毎週どこかで演奏をしており、平日は楽器店の仕事やレッスンと、息をつく暇もないほどです。2年間のんびりと暮らしてきたので心と身体の切り替えが難しいのですが、この多忙を元気に乗り切りたいと思います。

さて私は最近、新しいプロジェクトを始めました。それはYouTubeでの動画投稿です。いまさらYouTube? と思うかもしれません。確かにYouTubeは群雄割拠の超レッド・オーシャン。どんなジャンルにも人気のユーチューバーがおり、ハイレベルな動画を頻繁に投稿しています。そこに素人の自分が食い込んでいくのはほとんど無理のように思えます。

しかし新しい動画シリーズのアイデアが浮かんだのだから、試さないわけにはいけません。思いついたら即実行。行動力が私のとりえです。

投稿する動画のジャンルは?


私が活動している分野は、音楽。それも日本ではまだあまり知られていないアイルランド音楽など、ヨーロッパの伝統音楽です。このジャンルは日本では近年、学生に根強い人気があり、愛好家が増えています。30代からの若手を中心にプロの演奏家も誕生しており、各地でコンサートが開催されています。彼らプロ奏者の中にもYouTubeチャンネルを持っている人はいますが、動画の投稿ペースやクオリティ、登録者数の点において、本気でYouTubeに取り組んでいる人はまだいないように思います。

私は個人のチャンネルとして15年ほど前から散発的に演奏動画を投稿しており、始めた頃はYouTube初期だったためいくつかの動画は数十万回再生され、海外の方を中心に4000人ほどチャンネル登録者がいました。

 

hatao – YouTube

また経営している楽器店のチャンネルもあり、こちらでは楽器の紹介、演奏のアドバイスなどを10年近く投稿しており、日本語で話しているため国内を中心に4000人ほどのチャンネル登録者がいます。

ケルトの笛屋さん – YouTube

これらのチャンネルはあくまでも音楽家としての自分の宣伝、また楽器店の宣伝として使っており、登録者数を伸ばして広告収入を得ようという意図はありませんでした。しかしコロナ禍の今、またオンライン・コンサートなどで海外との距離が縮まった今、この眠っているチャンネルを活用しない手はないとひらめきました。

毎日1曲、曲を投稿し始めました


私の個人のチャンネルでは、10月中旬から“Learn an Irish tune every day”と題して、平日の毎日午後7時に、5分から8分程度の動画を投稿しています。

これは、アイルランド音楽愛好家が曲を覚えるための教則動画シリーズです。

アイルランド音楽には1曲16小節程度からの短い曲が無数にあり、セッションという合奏の場では曲を繰り返しながら数多く演奏します。アイルランド音楽は本来楽譜がない音楽なので、暗譜していないと合奏に参加できません。1回2時間程度のセッションに参加するためには、たくさんの曲を頭に詰め込んでおく必要があります。アイルランド音楽では、曲を覚えることは楽器が上達することと同じくらい大切なことなのです。

しかし膨大な曲の中から何を覚えたらいいのか、どうやって覚えたらいいのかで悩む方がいることでしょう。そんな方のために、曲を覚えることだけに特化した動画シリーズは需要があるだろうと考えました。

これまで海外のものを含めて、演奏家が顔出しで曲や演奏法の解説をしながら
講義形式で曲を教える動画シリーズはあったのですが、いわば機械的に、効率的に曲を覚える動画は見たことがありません。

この動画シリーズの何が新しいのか?

この動画では、1本の動画で1曲覚えることを目指しています。
最初のセクションでは楽譜が表示され、私のフルート演奏とギターの伴奏が流れます。次のセクションでは楽譜を隠して同じ回数だけ曲が流れます。最後のセクションでは楽譜もフルートの音もなくギター伴奏のみが流れます。視聴者はこの動画を見ながら自身の楽器で重ね合わせて練習し、最後にギター伴奏を聞きながらメロディが覚えられているかをチェックするという構成です。

私は一切登場しませんし、ナレーション含め私が話すシーンも一切ありません。
地味で、機械的な動画です。アイルランド音楽を演奏する人以外には全く面白味がないでしょう。しかし、これには意図があります。

私が登場しないことについては、この動画が普遍的・永続的な価値を持つと考えるからです。私が登場すると、私という存在、今の年齢の姿の私を視聴者に印象づけてしまいます。音楽家の宣伝であればそれが正解でしょう。しかしこの動画は、曲に焦点を当てています。曲は不滅ですから、私の死後もこの動画が見続けられるかもしれません。

私が喋らないことについては、言語の壁を作りたくないからです。日本語で喋れば外国人を排除し、英語で喋れば英語が理解できない人を排除してしまいます。一切喋らないことで、視聴者を制限しないことを狙いました。

また最初に楽譜が表示され、次に楽譜が非表示になり、最後にメロディの音声が消えることについては、順を追って曲を記憶に定着させることを狙っています。積極的に頭を使って曲を覚えなくては、最後には記憶に定着していないことが分かってしまうのです。

正直に告白しますと、私はこれを、YouTubeでいつも見ている外国語の暗記動画から着想を得ました。最初に日本語が出てそれを3秒で翻訳するとか、次々と単語や熟語が読み上げられる、あの手の動画です。言語学習が好きな私にとってアイルランド音楽の曲を覚えることと外国語を覚えることはとても似ていると感じていたので、言語学習と同じことを音楽でもできないかと考えたのです。

こういった暗記を目指した動画は、何度でも繰り返し見てしまいます。一度再生しただけでは覚えきれない人は繰り返し何度でも再生しますし、昔覚えた曲も忘れますから振り返って再生します。途中からこの動画シリーズに気づいた人は、さかのぼって動画を再生します。時事ネタとは違い、この動画の価値は古びませんから、時が立つほどに再生回数が伸びるのです。事実、これまで1ヶ月半動画を出していますが、初期の動画は今でも同じ勢いで再生されています。

どんなに素晴らしい思いつきも、一度で終わらせるのではなく、続けることが一番大切です。
同じテンプレートを使えば、スタッフの手間をかけずに動画を量産でき、私が解説しないため喋り間違えや編集の手間もなく、この形であれば動画投稿を継続できると考えました。製作は月に1回、一度に20本分を録音して、予約投稿で時間どおりに配信しています。

動画のサプリメントも用意

このシリーズでは、視聴者が動画を利用しやすいようにYouTube外にサプリメント(補足資料)を用意しています。

オンライン上のGoogle Driveに置いたエクセル・ファイルです。これは無料で閲覧、利用が可能です。

シートには、曲のタイトル、投稿日、YouTubeへのリンク、曲の調・リズム・長さ、Spotifyの参考音楽へのリンクなどがデータベースとしてまとめられており、利用者は曲名から検索したり、このリズムでこの調の曲といったふうに目的に応じて必要な曲を探し出すことができます。まだ投稿数が30曲程度のためデータベースの実力は発揮できませんが、やがて数百曲になるとかなり有力なオンライン・リソースになるはずです。

また、平日に5曲を練習したあとは土曜日にその週のまとめ動画を出しています。こちらは私が顔出しで30分ほど英語でお話し、演奏をする動画です。あまりに機械的な動画が続くと視聴者との心理的な距離が縮まらないと思い、また解説がなければ視聴者も曲を理解しにくいため、このような動画を出しています。

英語で話しているため英語が苦手な視聴者には理解するのが難しいかもしれませんが、アイルランド音楽は日本国内よりも全世界のほうが圧倒的に愛好家が多いため、あえて英語を選択しました。英語が苦ではない私の強みを生かして国内の奏者に参入障壁を作るという副次的な効果も生んでいます。

ゆくゆくマネタイズを検討

この動画は、私、ギター奏者、動画編集者の3名によって製作されています。私以外の二人には1本あたりいくらと決めて作業料を支払っており、マイナスからのスタートです。

先日、10月の広告収入がさっそく入りました。マイナーなジャンルのため広告収入はほとんど期待していないのですが、それでも製作費の一部分とはいえ広告収入で回収できるのは、励みになります。また登録者も動画製作を初めてから毎週10人単位で増えており、地味ではありますがこれまでのペースを上回る速さで成長しているため、やりがいを感じています。

私はこの動画をボランティア精神で製作しているわけではありません。必ず収支をプラスにできるという確信を持って始めました。それは広告収入やファンを増やすこともそうですし、それ以外でのマネタイズも視野に入れています。

たとえばPatreon(ペイトリオン)という海外で普及しているサブスクリプション・サービスの利用です。支援者はカードから毎月一定額が引き落とされる代わりに、コンテンツ・クリエイターが用意した特典を受け取れます。

語学番組であれば番組の台本とか特別音声や教材といったものが主ですが、私は印刷可能なようにA4サイズに編集した楽譜、製本された楽譜集、動画と同じ音声ファイル、支援者向けのオンライン・ライブ演奏といったものを考えています。毎月5ドルの支援者が100人でも集まれば5万円。製作費は充分ペイできます。これは、視聴者が習慣化する3ヶ月目くらい、つまり来年の1月頃、ある程度の数の動画が出てから始めようと考えています。

動画を始めるときに考えること


最後に、私が動画シリーズの製作を思いついたときに考えたことは、以下のとおりです。参考になりましたら幸いです。

・視聴者の対象は誰か?

・視聴者がこの動画を見る目的は何か?

・この動画は古びないか?

・この動画は繰り返し見る価値があるか?

・この動画は人の役に立つか? 喜ばれるか?

・このジャンルでの競合は誰か?

・この動画のコンセプトは、まだ誰もやっていないことか?

・この動画は、自分にしか作れないものか?

・動画製作を継続することができるか?

・番組外でのマネタイズは可能か?

YouTubeはレッド・オーシャンとはいえ、まだまだ可能性があります。
広告収入を目指すのでなくても、自社や製品のPR、ブランディングの強化、顧客との信頼を築くなど、多くの目的において最強のツールだと考えています。まだYouTube活動をしていない方は、ぜひ、取り組んでみてください。

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