こんにちは!スズキリです。
前回、次は寿司について書くと予告しましたが最低限載せたい写真が不足していたため少し先送りにします。代わりに大学院で行なっている印刷の研究について書いていきますね。
インクジェット印刷、オフセット印刷って?
特殊なものを除き、多くの印刷物は「インクジェット」あるいは「オフセット」で刷られています。名刺やチラシを作ろうと思って通販印刷のサイトで発注するとだいたいこのどちらかで印刷されるはずです。
インクジェットはざっくり説明すると家庭用プリンターに近いもので、紙に細かいインクの粒子を飛ばして(吹き付けて)印刷をします。粒子が荒い、ベタ面が汚いなどの問題点もありましたが最近は技術の発展でとても綺麗に印刷できる機械も増えてきました。少量からでも印刷できるため「少部数・短納期対応!」といった謳い文句の名刺印刷はほとんどインクジェット印刷によるものです。
「紙にインクを吹き付ける」という特性上、「透明なインクを吹き付けてツヤを出す」「同じ場所に何度も吹き付けて立体感を出す」など色々な可能性があります。
もう一つ、オフセット。これは少し説明が難しいのですが、水と油の反発を利用して版から紙にインクを転写する方法。大量印刷が難しかった時代に革命を起こした印刷技法です。ここ100〜200年ほど印刷を支えてきた主流の印刷方法ですが、インクジェット印刷の発展によりだんだん立場が怪しくなってきていると思っています(個人的な感想です)。
僕が研究しているのはこちらのオフセット印刷。本来は印刷屋さんにしかないですし、温度・湿度・埃などに対して非常にデリケートなため気軽に触れるはずないのですが……たまたま大学にありました。
これは校正機と呼ばれる、オフセット印刷機の中では小型なもの。といっても10mくらいあります。大量に印刷するためではなく校正(色味の確認のためサンプルを印刷すること)用に使われる印刷機です。
そしてこの印刷機、運がいいのか悪いのか場所を取る上に古くて利用価値が無いとされ処分が決定されていました。だったら処分までの間は自由に使わせて欲しい!という交渉をし研究がスタートしました。
オフセット印刷、図解
わかりやすく図解したつもりですがそうでもないですね。すみません。
ざっくり言うと、油性のインク(灼熱の車内に放置したハイチュウのような質感です)が金属の版に入り込み、これが紙に転写される仕組みです。余計な所にインクがつかないよう油と反発し合う水が供給される仕組みになっています。
一時期は毎日のように印刷実験を繰り返していて、一人で印刷機〜セッティング〜操作〜片付けまでできるようになってしまいました。
最初はいわゆる普通のオフセット印刷をしていたのですが、デリケートな機械のため時々失敗作が出てきます。そのうちの一つが「水タレ」などと呼ばれるエラーで、これは余計な水が紙や版についてしまうことで印刷が欠けたり滲んだりしてしまう現象です。
「本来印刷したかったものが印刷できない」のは、技術が発展して管理もしっかりされている現代の印刷の世界では面白い事ですよね。
このエラーを意図的に引き起こすことはできないか?と機械のセッティング、気温、湿度、インク粘度、それぞれ少しずつ変えてみたものの、上手く行かない日々が続きました。
やや兆しが見え始める
この頃は失敗続きで凹んでいました。上手く失敗するのを失敗する…というややこしい状況ですね。
いっそ、水と油の境界線をわざと壊してみたらいいのかも?と思いつきいくつかの薬品や油を組み合わせてみました。すると…
違う…違うけど方向性は近い!この調子で進めていくと
だいぶ模様らしさが出てきました。エラーだけでランダムに変わる模様を作れそうです。さらにハッキリと模様を出すために、機材のセッティングを変えたり改造したりオフセット印刷機のDIYをひたすら続けました。その結果、
手元に大きい画像がありませんが、模様らしい模様を出すことに成功しました。なんやかんやで300回くらい失敗したと思います……。印刷の世界では(他もそうだと思いますが)基本的に失敗は許されません。そのため、300回失敗してやっと上手くいくような実験はなかなかできないんですね。
おまけにこれ、紙より上手く転写できることがわかったので布に無理やり印刷しています。水タレを意図的に発生させて自動生成のテキスタイルを作るという実験は今までなかったのではないでしょうか。
巨大なローラーによって液体が伸び広がる様子がそのまま転写されています。しかもこれ、印刷するたびに違う模様になってしまいます。同じものを大量に印刷するためのオフセット印刷で、毎回違うものが印刷されてしまうわけです。
今、この印刷は製版なしで(印刷するべき像が全くない状態)行なっています。さらに発展させて、「正しいポスターグラフィックが再現されず、毎回違うものになってしまう」ようなものもできたら面白い表現になるはずです。
東京造形大学のこと
さて、ここまで研究について書いてきましたが正直ぼくは途中で大学を辞めるつもりでした。それが大学院まで進学してしまったのは、教授たちのおかげ、そして諏訪前学長の言葉のおかげです。
本当に正直に言ってしまうと、入学式での諏訪前学長の言葉をほとんど聞いていませんでした。(すみません……。)ところが、あとで読み返してみるとぼくと全く同じ経験をされていたようでした。
ただこれも、ぼくが自分で気づいたからこそ意味がわかるようになったのでしょう。簡単に引用しておきますが、本当に素晴らしいのでぜひ全文もチェックしてみてください。
“私は、自分が「経験」という牢屋に閉じ込められていたことを理解しました。
「経験という牢屋」とは何でしょう? 私が仕事の現場の経験によって身につけた能力は、仕事の作法のようなものでしかありません。その作法が有効に機能しているシステムにおいては、能力を発揮しますが、誰も経験したことがない事態に出会った時には、それは何の役にも立たないものです。
しかし、クリエイションというのは、まだ誰も経験したことのない跳躍を必要とします。それはある種「賭け」のようなものです。失敗するかもしれない実験です。それは「探究」といってもよいでしょう。その探究が、一体何の役に立つのか分からなくても、大学においてはまだだれも知らない価値を探究する自由が与えられています。そのような飛躍は、経験では得られないのです。それは「知」インテリジェンスによって可能となることが、今は分かります。
私は、現場で働くことを止めて、大学に戻りました。
卒業後、私が最初に制作した劇場映画は決められた台本なしにすべて俳優の即興演技によって撮影しました。先輩の監督からは「二度とそんなことはするな」と言われました。何故してはいけないのでしょう? それは「普通はそんなことはしない」からです。当時の私があのまま大学に戻らずに、現場での経験によって生きていたなら、きっとこんな非常識な映画は作らなかったでしょう。しかし「普通はそんなことはしない」ことを疑うとき、私たちは「自由」への探究を始めるのです。それが大学の自由であり、大学においてこの自由が探究されていることによって、社会は大学を必要としているといえるのではないでしょうか。”
(東京造形大学 2013年度入学式 諏訪学長による式辞 より引用)
仕事も研究もその他のプロジェクトもあり異常に忙しいですが、大学院に進学して本当によかったと思っています。
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鈴木龍之介(スズキリ)
1993年7月7日生まれ、テキスタイル育ちのデザイナー。アダ名はスズキリ、屋号はネクトン。
釣りと魚が好きすぎて、寿司のブランドを立ち上げ中。
Twitter https://twitter.com/suzukiri_s
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