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村野 友明 / Tomoaki Murano 家具・インテリア会社「Rigna」事業部長兼執行責任者。 / 1979年千葉県生まれ。専修大学商学部卒業後、個人投資向け営業会社に入社。大塚家具へ転職し個人、法人のインテリア提案、家具設計業務に付帯。その後デザイン注文住宅設計事務所フリーダムアーキテクツデザインに入社。不動産及びファイナンスのコンサルタントとして従事した後、オンラインでのインテリア相談・コーディネートサービス「HelloInterior」を共同創業。その後現職に至る。富裕層・著名人顧客を多数持ち、オンライン・オフライン合わせて3,500件を超えるインテリア相談・コーディネートを対応。ミッションは「インテリア業界をアップデートする」。インテリア、建築、サーフィン、ゴルフ、音楽をこよなく愛する。バンタンデザイン研究所空間デザイン科卒業。

終戦から76年。8月15日を迎える日本人として

8月15日は終戦記念日。

法律上では「終戦日」。

甲子園では、黙祷のサイレンが鳴り響く日、

日本武道館で追悼式が行われる日、

そして、昭和天皇の「玉音放送」が流された日。

終戦から76年

1945年8月15日から76年。

「玉音放送」を受け、日本国民が日本の敗戦を知ることになった。

 

「堪え難きを堪え、忍び難きを忍び…」

恥ずかしながら、僕は数年前までこの「玉音放送」の内容をほとんど知らなかった。

ひさしぶりに高校時代に使っていた、山川出版社が発行している日本史の教科書を読んでみたが、

「天皇のラジオ放送で戦闘は停止され…」という、たった一行のみの記載だった。

僕の周りの同年代も、全くと言っていいほど「玉音放送」の内容について知っている人はいない。

多くの方が天皇の声をこの時に初めて聞くことになる

 

「玉音放送」の現代語訳

以下は、「玉音放送」の現代語訳である

世界の情勢と日本の現状を深く考えた結果、緊急の方法でこの事態を収拾したい。忠実なあなた方臣民に告ぐ。
私は、「共同宣言を受け入れる旨をアメリカ、イギリス、中国、ソビエトの4カ国に伝えよ」と政府に指示した。
日本臣民が平穏無事に暮らし、全世界が栄え、その喜びを共有することは歴代天皇が遺した教えで、私も常に心に持ち続けてきた。アメリカとイギリスに宣戦布告した理由も、日本の自立と東アジアの安定を願うからであり、他国の主権や領土を侵すようなことは、もともと私の思うところではない。
だが戦争は4年も続き、陸海将兵の勇敢な戦いぶりも、多くの官僚の努力も、一億臣民の奉公も、それぞれが最善を尽くしたが戦況はよくならず、世界情勢もまた日本に有利ではない。その上、敵は新たに、残虐な爆弾を使用して多くの罪のない人を殺し、被害の及ぶ範囲を測ることもできない。このまま戦争を続ければ、日本民族の滅亡を招くだけでなく、人類の文明も破壊してしまうだろう。
そんなことになってしまえば、どうやって私は多くの臣民を守り、歴代天皇の霊に謝罪すればよいのか。これが、私が政府に共同宣言に応じるように命じた理由だ。
私は、東アジアの解放のために日本に協力した友好国に対して、遺憾の意を表せざるを得ない。戦地で命を失った者、職場で命を失った者、思いがけず命を落とした者、またその遺族のことを考えると、身も心も引き裂かれる思いだ。戦争で傷を負い、被害にあって家や仕事を失った者の生活についても、とても心配だ。
これから日本はとてつもない苦難を受けるだろう。臣民のみんなが思うところも私はよくわかっている。けれども私は、時の運にも導かれ、耐えられないことにも耐え、我慢できないことにも我慢し、今後の未来のために平和への道を開いていきたい。
私はここに国体を守ることができ、忠実な臣民の真心を信じ、常に臣民とともにある。感情の赴くままに問題を起こしたり、仲間同士で排斥したり、時局を混乱させたりして、道を外し、世界からの信用を失うことは、私が最も戒めたいことだ。
国がひとつとなって家族のように団結し、日本の不滅を信じ、責任は重く、道は遠いことを心に留め、総力を将来の建設のために傾け、道義を大切にし、固くその考えを守り、国体の本質を奮い立たせ、世界の流れから遅れないようにしなさい。
あなた方臣民は、これらが私の意志だと思い、実現してほしい。

[Wikimediaより抜粋]

これを読んだ方は、どう思うだろうか。

靖国問題をどうこういう話ではない、大東亜共栄圏がどうこういう話ではない。

少なくとも76年前の8月15日に、1つの時代を終えることになったこの「玉音放送」にふれることは、日本人としてとても大切なこと。戦争で亡くなった方々、そして戦争を経験され存命の方々へ、玉音放送の思いを少しでも噛み締めて、こうべを垂れるのは、現代を生きる日本人として間違った姿ではないと思う。

 

今、さまざまな国際問題がある。

竹島、尖閣諸島、沖縄の問題も、北方領土の問題も、まだあの戦争が尾をひいていることは間違いのない事実。

戦争を知らない世代と、戦争を知らない世代の子供達が時代の核となる今、もう一度、あの戦争に向き合うべきなのだと思う。

 

あの戦争で、世界は変わった

あの戦争で、世界は開けた

あの戦争で、世界の力関係は決まった

あの戦争をなくして今もこれからも世界との付き合いは考えられない。

 

この記事を読んで頂いた方が、少しでも「あの戦争」と、向き合うキッカケになってもらえたら幸いだ。

現代を生きる、一人の日本人として、黙祷を捧げたい。