hatao

ケルト&北欧の笛奏者、音楽教師、音楽教材著者、楽器店経営者。 ハープと笛のhttp://hataonami.com、ケルトの笛屋さんhttp://celtnofue.com 演奏、教育、普及で音楽を広める。18年京都烏丸錦に、19年東京都ひばりヶ丘に日本初ケルト音楽専門の楽器店を開店。En한中 3か国語学習中。

人を選ぶなら人間性か、能力か? 見落とされがちなこととは。

こんにちは! ケルトの笛奏者で、ケルト音楽専門の楽器店「ケルトの笛屋さん」を経営しているhataoです。この連載では、スモールビジネスを営む私が起業やビジネスについてアイデアと経験をみなさんとシェアしています。

みなさんはプロジェクトのパートナーを選ぶ際に、相手のどんな要素を重視していますか?

例えば仕事でチームを組むとき、音楽のバンドを作るとき、あるいは育児や共同生活を営む結婚も人生をかけたプロジェクトと言えるでしょう。人を評価するには、能力、学歴、人柄、性格、そして場合によっては容姿とさまざまな要素があります。私たちは何を基準にパートナーを選んだら良いのでしょうか。

人間性に問題がある人を選ぶ人はいない

よく比べられるのは能力と人間性どちらを取るか、でしょう。このテーマについていくつか記事を読んだのですが、すでに答えは出ているようです。

「ずば抜けた能力があっても人間性に問題がある人物をパートナーに選ぶことはない」ということです。どんなに仕事ができる人でも、嘘をついたり人を騙したり平気で約束を破るような人とは安心して仕事ができません。

結婚相手に選ぶとしても、いつ裏切られるかわからないような人をあえて選びはしないでしょう。ゆくゆく苦労することが目に見えているからです。ただし人間性を取ると言っても、並外れた能力までは必要ないにしても、ある一定以上の能力を備えた上で、という前提があることは言うまでもありません。

プロの音楽家がバンド仲間を募集することを考えてみてください。
プロは、楽器演奏が技術的に未熟な人とでもその場限りの音楽を楽しむことはできますが、自分の将来をかけた本気のバンドをアマチュアと組むことはありません。楽器が上手いことは当たり前。超一流であることまでは求めないが、一定以上のレベルで弾ければ良い。その上で重視するのが人間性だ、ということなのです。

では良い人間性にはどんな事柄があるのでしょうか。これについては、さまざまなことが言われています。

・マナー、道徳、法律を守る

・人との約束を守る

・嘘を言わない

・感情の起伏が安定している

・どんな困難にもめげず前向きな思考である

・周囲の人の気持ちを考えて行動ができる

・目標や向上心を持って自分を高める努力をしている

・自己管理がきちんとできる

などなど……。

なんだか道徳の教科書そのもののような人物です。
あなたはこのような良い人間性を持っていますか? 少なくとも私はいくつか当てはまらないことがあります。また、これらの項目を正反対にするとそれは人間性が低いということになるのですが、そこまで酷い人にも会ったことがありません。

では、このような高い人間性を持った人がいるとして、その人はいつどんな時も、誰に対してもそのような高い人間性を発揮できるのでしょうか。私はそうは思いません。挫折を経験して人の成功を素直に喜べなかったり、鬱屈して感謝を感じられなかったり、体調が悪くて朗らかな気分ではなかったり、どうしてもある人のことが許せなかったり。喜怒哀楽があるのが人間らしさです。

人間性が優れているとか性格が悪いと言っても、人間というのは多面的で複雑なので、全くの善人や悪人という人は現実にはいないと私は考えています。ある条件下においては優れた性質が現れたり、また別の条件下においては真逆の振る舞いをしたりするものです。つまり、条件次第では聖人にも悪人にもなりえるのが私たち人間なのではないでしょうか。

忘れられがちな「相性」

音楽家には、「バンドは仲良しグループではない」という考え方があります。共通の目標のために集まっているのだから、友達になろうなどと期待をするのは間違いでプライベートには干渉せず、お互いの性格の違いは多めに見て、協力してゴールを目指そうという考え方です。確かに馴れ合っていては仕事も捗らず、やがては目標などどうでも良くなってしまうでしょう。これは音楽に限らずスポーツでも経営でも、小規模のチームに広くあてはまる考え方です。

私もかつてはそのように考えていました。まず自分の表現したいサウンドがあって、そのサウンドを実現するために必要な楽器が上手な人を集めてバンドを組んでいました。しかし今ではむしろ、相性の良い人であればどんな楽器でも良いと思うようになりました。お互いに相手を受け入れることができて音楽的にインスピレーションを受ける相手であれば、何の楽器奏者であれその楽器のために曲を作れば良いではないかと思うのです。

それは人間の複雑さを考えるようになったからです。「いじめ」の問題を例に考えてみましょう。いじめる人は、どんな状況下でも人をいじめる歪んだ性格の人間なのでしょうか。私はそうは思いません。環境が変われば自分がいじめられる側になることもあるでしょう。同様にいじめられていた人もメンバーが変われば自分がいじめる側に回るかもしれません。

人と人が出会うと化学反応を起こしますが、それには良い作用も悪い作用も生みます。その人の何気ない言動が誰かを傷つけたり腹をたてさせたりすることがある一方で、別の人にとっては同じ言動をされても全く気にならなかったりします。これは私たちが多様である以上、仕方のないことです。

以前はモメた仲間のことを「なんて性格の悪いやつだ、あんな性格の奴はどこに行っても苦労するに違いない」と憎んで軽蔑していたのですが、そんな彼も別の相手とは問題なくうまく付き合っていたりします。それなら彼ではなく私の性格に問題があったのかと思えば、そんな私とうまく付き合える人がたくさんいます。

このことから、結婚や仕事など人と人との物事がうまくいくかどうかは相性の問題だと考えられるようになりました。たまたまお互いの言動がお互いの気に触っただけで、私か彼かどちらかが人間性に問題があるというわけではない、つまり相性が合わなかったのだということです。そう考えることは、人を憎む苦しみを和らげて、物事を多面的に見ることにも役に立ちます。

さまざまな経験を経て、私は能力や人間性が大事なのはもちろんですが、人を選ぶ最後の決め手は「相性の良し悪し」だと考えています。そして何か違和感を覚えたり相性が合わないなと感じる人とは、付かず離れずマナーを守った大人の付き合いをしてトラブルに発展しないように気をつけて世の中を渡っています。

それでは、また次回!