ベランダに大きな蜂がやって来た。
屋根屋根の向こうに、これでもかと目一杯建てられたサミットの看板を眺めながらタバコを吸っている時だった。
蜂は僕の存在なんて視界にも入っていないような顔をして、ベランダに出された木製のテーブルを一生懸命なめている。ついばんでいるとでもいうのだろうか。蜂の口の形状についてはあまり詳しくないけれど。
脇目も振らずにテーブルの恥を丹念に舐め回している。
テーブルは無垢の板を組み合わせて作られたもので、脚は白く塗装されている。
東京に越して来たばかりの頃、下北沢にあった小さな家具屋で買った。
当時「めがね」という映画に執心していた僕は、その買ったばかりのテーブルの脚を、その映画に出てくるキッチンのテーブルと同じように白いペンキで塗装した。
(すぐに「え、そのままのがよかったんじゃない?」と言われた。)
「めがね」の主人公は携帯電話の電波の届かない場所に行き、何もせずに海を見ながらたそがれる、という内容だった。
(少しはしょりすぎだが。)
今はどうだろう、携帯電話の電波が届かないところへ、ということを求める人は少し少なくなったような気がする。
気づくと蜂は2匹になっていた。
2匹とも同じように、テーブルの縁を舐め回し、時折、先週に比べて弱くなった日差しを全身に感じるように伸びをした。
キッチンからカタカタと音がした。
鍋に卵を茹でていたのを忘れていた。