松岡誠一(仏像文化財修復工房)

東京神田出身なのに、新潟で仏像・神像の保存修復活動中。全国どこにでも行きます。仏像調査も行います。地域の文化を守り、地域振興系の修復家でありたい。応急修復もします。 ●仏像文化財修復工房●地域歴史文化財保存支援http://syuuhuku.com

「良い材料」と「文化・文化財」の持続可能性

今回の天井画修復では、一旦絵を天井から外すために、紙を布海苔(フノリ)で貼って、絵の具を保護するということをしました。

布海苔は、新潟の中越地方では、蕎麦のつなぎに使われる海藻です。これを煮出して、糊分を抽出します。布海苔は、紙を貼った後に、水で緩ませて剥がすことができるという優れものの素材です。他の科学的な糊でこのようなことは、なかなかできません。文化財修復に使われる非常に大事な材料になります。ですが、昨今、この布海苔も良いものが採れなくなってきていると言います。何とか守っていただきたい素材です。

工房に運んだ後に、紙貼りを剥がして、布海苔の接着力だけでは小さいので、膠(にかわ)を吸わせました。膠は動物の皮などを煮て抽出したニコゴリを固めたものです。
牛、鹿、水牛、魚の浮袋などを原料としたものがあります。日本画等の絵は、この膠を溶かした水溶液に顔料を混ぜて絵が描かれています。今回の修復では牛の膠を使いました。

ひと頃には、こういう剥落止めの素材も、科学的に合成した「合成樹脂」を用いて行われることもありました。しかし時間を経ていくと、あまり良くない状態になる場合もあったりします。そのため、古来より使われており、劣化した状態が予測でき、再修理が効く、膠やフノリなどの「天然材料」が見直されるようになりました。現代の文化財修復においては、剥落止めは天然材料を使うことが多くなってきています。

古来から日本画に使われている膠は「和膠」といい、西洋の「洋膠」とは少し製法が違います。2011年に国内で一社だけ残っていた、「三千本膠」という和膠を製造していた会社が製造を辞めてしまい、日本では和膠の製造するところがなくなってしまいました。

日本画は表装に仕立てて、巻いたり、伸ばしたりするというかたちで描かれれているものが多く、そこに使われている和膠も、柔軟で強いものが作られてきましたが、それが無くなってしまうと、日本画の作家さんも文化財修復家もとても困ります。

幸い、いくつかの工房や個人のかたが、作られるようになり、供給していただけるようになりましたが、そんなに大量に使うものでもないので、商売としてはなかなか大変だと思います。

和膠は、日本画製作者さんも、文化財保存にも、とても大事な材料で、日本の文化を根幹を成す材料と言っても過言ではないはずなのに、なかなかこの材料を守る方向には行っていないように思います。是非守っていきたい素材です。

材料でいうと、今回の絵に使われている「顔料(=岩絵の具)」は非常に良いものが使われていました。緑の緑青の原石の孔雀石や、青の群青の原石の藍銅鉱は、日本ではほとんど採れなかったので、非常に高価な顔料ですが、代用の絵の具ではなくて良い岩絵の具が使われています。200年近く経っても、色が褪せていません。

修復家をしていると、近代以降の作品で、あまり良い膠を使っていないなとか、良い顔料を使っていないなと感じる事があります。古い時代のものの方が、良い材料と、良い技術で作られていますので、かえって修復は楽なことが多いです。

となると、修復の際にも良い材料を手に入れなければなりません。今回は、材料と技法の良し悪し、材料の確保の持続可能性、文化・文化財の持続可能性についてよく考える修復案件となりました。

いい板材を組んで、きちんとした胡粉下地を施し、良い顔料をきちんとした技法で描いて、良い保存環境と、大事にしていただける人々が周りにいると、作品は何百年先の子孫が目にすることが出来ると思います。

これから作品を描かれるかたは、是非、良い材料を使って、良い技法を学んでください。
また、早急に良い材料を守っていくための方策を考えていかないといけないと警鐘を鳴らしたいです。

展示は5月28日まで行っています。美術館の方で展示を工夫していただいて、ケースの前の方に置かれているので、近くで顔料の粒を確認できるくらいまで近くで展観できます。

5月6日(土)11時と14時に初めてのギャラリートークやってみます。お近くのかたは是非。