Tomoaki Murano

村野 友明 / Tomoaki Murano インテリアアドバイザー / 1979年千葉県生まれ。専修大学商学部卒業後、個人投資向け営業会社に入社。大塚家具へ転職し個人、法人のインテリア提案、家具設計業務に付帯。その後デザイン注文住宅設計事務所フリーダムアーキテクツデザインに入社。不動産及びファイナンスのコンサルタントとして従事した後、オンラインでのインテリア相談・コーディネートサービス「HelloInterior」を共同創業。富裕層・著名人顧客を多数持ち、オンライン・オフライン合わせて3,500件を超えるインテリア相談・コーディネートを対応。Instagramを中心にインテリアにまつわる情報を発信している。ミッションは「インテリア業界をアップデートする」。インテリア、建築、サーフィン、ゴルフ、音楽をこよなく愛する。バンタンデザイン研究所空間デザイン科卒業。

魁!村野塾!を作ってみた!②

画像引用: Internet Matters

「clubhouse」との出会い

2020年に今の会社に入り、事業部の責任者として会社の立て直しをやりながら、自分の領域展開をしていきたい!そう思いながらも忙殺の日々で、なかなか前に進まない。まぁ、今考えたら、まだまだ忙しさなんて大した事なかったんだけど。

そんな中、当時のウチの会社の社長だった柳父さんのお誘いで、あの伝説のSNSである「clubhouse」を始めることになる。
今振り返ると、これは僕の転機の一つだった。

clubhouse初期のUIはこんな感じだった。誰に招待されたかもわかる

インテリア界隈のアーリーアダプターという立ち位置

clubhouseは初期の頃は招待制だったため、参加の希少性があった。今は全く知らないけど。
その希少性がアーリーアダプターにいる事のブランディングにもなっていた。
招待されないと参加できない構図だから、否が応でも招待できる人は強い。
当時の僕や僕の周りのインテリア界隈のアーリーアダプターな仲間は、とにかくclubhouseをやりまくっていた。
今考えるとさ、4時間とかひたすら生で喋るとか異常だよね笑笑
そりゃ時間の搾取と言われても仕方ない。本当によく喋ってた。

トーク能力の顕在化

clubhouseは生放送なので、基本的に台本なし。もちろんお題はあるわけだけど、流れはその時の状況次第。だからこそ、その場のファシリテーションを誰がやるか?これでそのclubhouseのチャンネルの価値が変わる。

僕は長く営業や販売をやってきたから、トーク能力はぼちぼち自信があった。自分の領域外でも、まぁ何とか立ち回れる?感じ。
でも僕の周りやテレビでみる芸人さんやコメンテーターのトーク力には到底及ばないし、むしろまだ
まだ力不足だと思っていた。

招待してくれた柳父さんもトーク能力めちゃくちゃ高い。

兎にも角にもまずはやってみる。その為にも他人のトークを聴いてみる。まずはそこからだ。

さて!実際に聞いてみた。
色んな人のルームに入ってね。

あれ?みんな、トーク力ってそんなもんなの?
間合い、合いの手、人の回し、構成、段取り…
全てが心地悪く、何か聞くに耐えないトークばかり…
いやいや、ちょっと待って!
これなら僕の方が圧倒的に面白い話出来ますけど。何でみんなそんな喋れないの?なんで?

じゃあ、自分がやってみたらどうだったか?
これがめちゃくちゃ上手く回せるわけよ。びっくりするくらい。
ちなみに当時は、仲間内数人で「replacement」というチーム?を作ってclubhouseをやっていた。「replacement」とは、新陳代謝という意味。これはインテリア業界に新陳代謝をもたらせたいという思いでつけたもの。仲間はみんなインテリア関係の会社経営したり、フリーで活躍したりの人だけ。ビジネスサイドの人間5人のチームだった。
みんな営業力あるから、トーク能力も高い。

そんなみんなのおかげもあり、インテリア界隈の数あるルームの中では、評価の高いルームとしてオーディエンスを集めることになり、clubhouse界隈では、僕の名前を知る人が一気に増えた。

そして、clubhouseをきっかけにわざわざウチの店に僕に会いにくる人まで現れるようになる。
こんな経験、高校の時にバンドのやってた時、他校の女子生徒に声をかけられた時以来だから、もう20数年振りの現象。

天狗になるというより、不慣れな違和感と新しい道を見つけた、ワクワクとドキドキの感覚。
僕の人生はここからスピードを上げて前に進む事になる。

この経験が、「村野塾!」の一つの強さに繋がるのは後日わかることとなる・・・・

・・・続く。