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ケルト&北欧の笛奏者、音楽教師、音楽教材著者、楽器店経営者。 ハープと笛のhttp://hataonami.com、ケルトの笛屋さんhttp://celtnofue.com 演奏、教育、普及で音楽を広める。18年京都烏丸錦に、19年東京都ひばりヶ丘に日本初ケルト音楽専門の楽器店を開店。En한中 3か国語学習中。

事業の原動力を改めてみつめよう

こんにちは! ケルトの笛奏者で、ケルト音楽専門の楽器店「ケルトの笛屋さん」を経営しているhataoです。この連載では、スモールビジネスを営む私が起業やビジネスについてアイデアと経験をみなさんとシェアします。

初めて舞台衣装をフルオーダー

5月の爽やかな日のことです。滋賀県長浜にあるテイラー、アトリエDENを訪ねました。音楽家の友人の衣装が素敵だったので尋ねたところDENで仕立ててもらったと聞き、紹介していただいたのです。アトリエDENは長浜旧市街地の街並み保存地区に店を構えています。DENの代表、北山 茂樹さんは被服業界一筋のベテランで、70歳を超えた今もお客様のために一着一着自らデザインし、仕立てています。今回はそんな北山さんとの会話から考えたことを書いてみます。

私はステージに立つ音楽家でありながら着るものには無頓着で、恥ずかしいことにまったくオシャレに関心がありません。しかし、年齢を重ねるほどに良いものを着ないと貧相に見えると感じ、舞台衣装だけでも自分に合った質の良いものを着たいと思っていました。そんな折に北山さんに出会ったのです。

音楽好きな北山さんは、自らは楽器を演奏はしないものの、コンサートを開催し、また音楽家のために衣装を仕立てています。その日は身体を採寸したあとで季節ごとに着るさまざまな衣装を試着させていただき、素材やデザインのこまかな要望を聞いてもらいました。これまで着たことがないデザインの衣装を身につけると、服のおかげで自分がパワーアップしたように感じました。すっかり気に入った私は定番のデザインをもとに完全なオーダーメイドで10着ほどを注文しました。私にとっては初めての経験で、これからはDENの衣装を身に纏って舞台に立てるのだと思うととてもワクワクします。

衣装の注文が終わると息子さんがオーナーシェフを務める向いのレストランで美食をいただき、その後再びアトリエに戻り高級なウィスキーをたくさんご馳走になりながら、深夜まで楽しい話が尽きなかったのでした。

70歳を超えてもなお服を作り続けたい

20歳から縫製工場に勤め、その後起業してシャツ工場を経営して幾多の大手メーカーのシャツを量産していました。日本の生産拠点が中国化した時点で技術継承の危機を感じ、シャツ工場を縮小し、服作りの原点に立ち帰ろうと思い仕立て屋になろうと決意し布工房DENを立ち上げ、一人一人に寄り添って、「唯一無二の商品でお客様の生活が豊かになるお手伝いをしたい」と言う思いで日々精進されています。一時期は職人を抱えたこともありましたが、現在はご自身とお嬢さん、販売員スタッフの少人数でアトリエを経営しています。

70歳を超える現在でも自らお客様のカウンセリングをし、そのお客様にぴったりの服を仕立て続けています。一般的な経営者であれば、事業の目的はビジネス的な成功であり、ある程度の成功を収めたら事業承継をして、ゆっくりと引退生活を楽しむでしょう。会社員であればとうに引退をしている年頃であるにも関わらず、なぜそれほどまでに情熱的に仕事を続けられるのか。私は興味が惹かれました。

ビジネスの原動力とは

一般的に起業においての成功とは、規模を拡大させてマーケットの優位性を強め、最終的には事業売却することとされています。簡潔に言えば金銭的な成功が目標です。

私が起業した目的は複数ありますが、まずは自分の能力を社会に役に立てるためであり、その結果としての時間的・経済的な自由を得ることでした。

起業をして十数年経ち、当初思い描いていた成功はある程度実現しました。今、私は買いたいものを買い、好きな時に好きな場所に何日でも旅行することができます。その代わりに、成功への思いは以前ほど強くないことも感じていました。起業当初は自分の欲求を満たすことを原動力としていましたが、40代となり当初思い描いていた成功を収めると(その成功は世間一般的には小さなものであったのですが)、それ以上何を原動力にすれば良いのかわからなくなっていたのです。

その夜、私は相当に酒が回って、北山さんに涙を流しながら「これ以上の成功を求めるのは虚しい」とこぼしていました。北山さんは、「何歳になっても自分が現場に立ち、お客様に喜ばれることが自分の喜び」なのだと答えました。経営業に専念していてはその喜びを感じられない。それは勿体無いことだ。だから現場に立ち続けるのだと。私はこの言葉を聞いて、ますます北山さんへの尊敬の念を強めたのでした。

多くの場合、事業計画やホームページに掲げる事業目的に社会貢献や文化の発展という立派な言葉が並んでいても、本音ではお金、名誉や賞賛、贅沢な暮らしといった個人的な欲望や、家族や従業員を守りたいといった個人的な理由であることが多いのだと思います。起業当初はそれで良いでしょう。その思いが強いほどに、本気になることができるのですから。しかし、事業家の道を進んでゆくと、やがてそれでは先がないことを知るのです。
その時、「自分は何のためにこの事業を続けているのか」を改めて問う時がやってきます。その目的が大きければ事業は拡大を目指すでしょうし、その目的が「目の前のお客様に満足していただきたい」「自分に恥じない仕事をしたい」ということであれば、規模にこだわらずにその思いを達成できる方向に進んで行くでしょう。

事業の終わりはどこに

事業には必ず終わりがあります。それは倒産、買収などの不本意な終わり方かもしれませんし、事業承継や自主廃業といった前向きな終わり方かもしれません。私の事業が今のまま継続できるとすれば、終わりを迎えるのはあと30年以上先のことですが、どのように事業を着地させるのか少し想像をしてみました。その時、少しでも望ましい終わり方でありたいと思います。
読者の皆さんは、事業の着地点をどのようにしたいでしょうか。そのために、どのように歩めば良いでしょう。今回のエピソードが、そんな未来を考えるきっかけになれば嬉しく思います。