こんにちは! ケルトの笛演奏家で、ケルト音楽専門の楽器店「ケルトの笛屋さん」を経営しているhataoです。スモールビジネスを営む私が、起業やビジネスに関するアイデアや経験を皆さんとシェアする本連載は、今回で最終回となります。これまで5年間の長きに渡りお読みくださり、ありがとうございました。最終回の今回は、お金とビジネスについての私の考えをまとめました。
生き方が定まっていれば、お金を稼ぐ手段は選ばなくて良い
私は25歳の時に会社員を辞めて音楽家として身を立てることを誓いました。給料ではなく、フリーランスとして自分で稼ぐ道を選んだのです。しかし、楽器レッスンやコンサートでお金を稼ぐのは難しく、音楽仲間たちは不足した生活費を稼ぐためにアルバイトをしながら演奏活動をしていました。
逆説的のようですが、私は音楽家としてお金を気にせずに音楽に打ち込むためには、まずはお金を稼げるようになることが必要だと考えました。極端な例ですが、不動産や株式投資といった不労所得で生活費を稼いでいる音楽家のほうが、アルバイトをするよりもよほど音楽に打ち込むことができると思ったのです。音楽家だからといって演奏活動だけを頼りに生活を成り立たせなくてはいけない、というのはプライドや偏見から生まれる誤った考えです。音楽家になる目的は「音楽でお金を稼ぐこと」ではなく、自分の音楽を人に聴いてもらうことです。音楽家は職業ではなく生き方です。お金を稼ぐことが目的ではないのですから、お金を稼ぐ手段はなんだって良いのです。そのために私はキャリアの最初にビジネスを学びました。
当時もっとも熱中して読んだのは『パーソナルブランディング 最強のビジネスツール「自分ブランド」を作り出す』(ピーター・モントヤ著 2005年)です。この本を教科書にして、書いていることを片っ端から真似をしました。今ならもっと良い本がたくさんあるでしょう。他にもマーケティングの本や自己啓発書の名著と呼ばれるものをたくさん読みました。
当時は現在のように楽器販売をするつもりはなかったので、演奏とレッスンで収入を得ることだけを考えていましたが、やがて「レッスンを効率化するために自分のレッスンメソッドを書籍にする → 教本の販売によって生徒獲得がさらに進む → 生徒がレッスンで使うための楽器を販売する」と、自然に仕事が広がっていきました。
現在の私のビジネスの3つの柱である「演奏、教育、普及」はそれぞれが独立しているのではなく、相互に促進するように組み立てたビジネスモデルです。演奏を見た人がレッスンに通う。レッスンに通っている人が教本や楽器を求める。あるいは、私の教本や楽器販売を通じて私を知った人が私のコンサートやレッスンに来るようになる。種明かしをすると、私はこのサイクルを20年間、ぐるぐると回しながら、音楽というフィールドで横に縦に仕事を広げていったのです。
お金がもたらす豊かさと驚きのパワー
お金は様々な豊かさをもたらしてくれます。暖かい家や清潔な衣服や食べ物といった生命の安全、健康的に暮らし医療を受けられること、旅行や移動といった行動の自由、新しい経験や教育といった自己成長の機会、人にプレゼントをしたり応援したりする豊かな人間関係、複数の選択肢から最良のものを選ぶことができる選択の自由、お金を払って人にお願いすることによって生まれる自由な時間、新たな挑戦をするためのリスクを取ること。お金があればたくさんの選択肢があり、何不自由なく快適に生活をすることができる一方で、お金に困るとさまざまな場面で不自由や不便や危険を強いられることになります。
お金とは実体のないものです。それは貨幣や紙幣の形をとることもありますが、実際はただの銀行の預金残高の数字でしかありません。そのような目に見えない存在なのに、お金は人生を左右するほどパワフルな力を持っています。十分なお金がある人は次々と人生が拓けていく一方で、コンビニで自動販売機のコーヒーカップのサイズをごまかして逮捕されたり、たった数十万円のために強盗を働いたりする人の報道を見ると、豊かな人にとってはなんということのない少額でも人生を狂わせてしまうお金の恐ろしさを知ることができます。
お金から自由になるには
私は、せっかく好きな音楽家になったのだから、お金によって判断や思考を左右されたくないと考えました。生活するお金に困って音楽の対する時間が取れなくなることは最も避けるべきことですが、そうでなくても、お金を得るために音楽家としての方向性や判断が歪められることはあってはいけません。例えば、有名になるために自分が望まないことをするとか、顧客に望まれるままに自分が本来すべきではないことをする、といったようでは、何のために好きなことを職業にしたのかわからなってしまうでしょう。私が常々「お金を儲けるのは、儲からないことをやるため」と言っているのは、私の取り組んでいるようなマイナージャンルの音楽でお金を稼ごうとすると無理が生じるためです。
人生とお金の関係を考えた時に、お金から最良のものを得る一方で、お金のパワーから自由になるためにはお金を人生から切り離すことが必要だと考えています。収入を増やし、支出を管理し、出ていく量より入る量が常に多いようにすれば、ある意味でお金の不安はなくなります。お金を人生の目的にせず、便利でパワフルなツールのひとつ(例えば、音楽家にとっての楽器のようなもの)だと考えれば、お金に人生を左右されることはなくなります。これはお金持ちだけができることではなく、規模に関わらず誰でも実践できることで。収入や資産が増えてもなお、お金がそれほど無かった頃と経済感覚を変えずに出費を抑えて暮らせば、お金の不安を覚えることは無くなるでしょう。
いくらあれば安心できる?
金融広報中央委員の「家計の金融行動に関する世論調査」によると、私と同じ単身世帯の場合、20代〜50代のすべての世代において貯金額の中央値(最も分布の多い世帯)の貯蓄額は100万円を下回っています。不動産や金融商品を除いた現金預金についての調査ですから他の形で資産を持っているのかもしれませんし、住宅ローンなどで負債を抱えている方が多いのかもしれませんが、これでは病気や事故など不慮の事態にまとまった現金が必要になった際に、生活困難に陥る恐れがあります。そのような方は、まずは節約を心がけ、少しずつでも貯金を増やすべきでしょう。
どの程度あれば安心かについては個別の事情や考え方次第であるため一概には言えませんが、私個人としては現在の生活水準を落とすことなく1年間暮らせるだけの貯金があれば、万が一の場合にも安心であると考えています。働くことができるのであれば、その1年の間にゆっくりと体調を整えて再出発ができるからです。もちろん、健康保険や雇用保険、自動車保険などまさかの時への備えがあった上でのことです。
お金は貯めるばかりではいけない
もし働かないでも数年暮らすことができる以上に豊かな蓄えがある場合は、貯めて増やすことばかりを優先するよりも、適切に使うこともまた大事だと考えています。書籍「DIE WITH ZERO 人生が豊かになりすぎる究極のルール」によると、多くの人は亡くなる時に資産額が最高になるそうです。お金は持っているだけでは価値を生まないため、これでは貯蓄してきた意味がなくなってしまうでしょう(相続を目的としている場合を除く)。
特に若い頃の過度な節約は、お金を支払うことによって得られたはずの経験や学びの機会を失ったり、その時代にしか得られない楽しみを経験できないといった、お金以上の損失を生む恐れがあります。よく言われることですが、若い頃は旅行をしたくてもお金がなく、年老いたら旅行をする体力がなくなる(あるいは若い頃は美味しいものを食べるお金がなく、年老いたら食欲がなくなる)というのは、私は真実だと思っています。
私は若い頃から海外旅行を繰り返してきましたが、それはお金にゆとりがあったからというよりも、その時代にしか得られないことがあると考えてのことでした。しかし、今中年期になり、若い頃よりもゆとりのある旅行ができる一方で、若い頃ほど感動することも少なくなったと感じています。今思えば、もっとたくさん海外旅行をしておけば良かったと思うのです。
お金は使うほうが難しい
お金を得ることは難しいのですが、使うのもまた難しいものです。ある程度豊かな収入が得られるようになると、お金の使い方によってさらに豊かになるのか、あるいは同じ経済規模のまま安定するのか、あるいは貧しくなっていくのかが分かれるからです。
仮に収入の半分が生活のために必要になるとして、残りの半分をどうするのか。貯金や投資に回すのか、自分の娯楽や成長のために使うのか、家族のために使うのか、人を喜ばせたり助けたりするために使うのか。意識的であれ無意識的であれ、誰しもが有限なお金という資源をさまざまな選択肢に振り分けています。
私は比較的お金がなかった頃は自己投資を心がけてきました。金融投資をするよりも、自分が稼ぐ力を身につけることのほうが着実に豊かになれると考えたためです。そのため、語学学校に通ったり、海外留学したり、本やセミナーにお金を使っていました。しかしある時、自己投資に対して自分の成長が見合っていないと感じました。本やレッスンにいくら費やしても、自分のもつ時間や集中力や吸収力に限界があり、消化不良になっていると感じたのです。
代わりの使い道を考えた結果、私は自分のビジネスに投資をすることにしました。楽器店舗のリフォーム費用を支払い、陳列什器やインテリアを買い、新しい取引先を探して取扱商品を増やし、自社製品を開発し、スタッフを迎え入れました。そのことによって私の楽器店ビジネスは成長し、さらなる収入をもたらしてくれました。
一方で、ビジネスへの投資にも限界があると感じました。経営者には適切な器のサイズがあります。世界にまたがる巨大企業を経営するための器もあれば、顧客ひとりひとりにサービスする個人商店がもっとも幸せを感じられる器もあります。器に見合わないことをするのは不幸の始まりです。私には、2つの店舗と4人のスタッフの今の形が最も自分に見合ったサイズだと思い、これ以上の規模を拡大させる必要性を感じませんでした。やみくもに事業拡大を目指すよりも、ファミコンを開発した頃のニンテンドーのように少数で大きな利益を得るほうがスタッフの幸せにつながると思うのです。
今でも私は、お金を自分の経験や学びに使ったり、新たな別の事業の種まきに使ったり、若い人や音楽家を応援するために使ったりしながら、どのようにお金を使うのが最良の選択肢なのかと日々、考えています。
お金持ちがますます豊かになる理由
私はフリーランスの音楽家としてキャリアをスタートしました。一般的に音楽家は演奏を主な収入とし、レッスンを副収入として生計を立てています。しかし、ヨーロッパの伝統音楽という日本ではマイナーで市場規模の小さな音楽で生計を立てることは簡単ではありません。そこで、私は複数の収入源を持つように行動してきました。
現在では楽器店からの収入が音楽家として収入を遥かに凌いでいますが、他にも教本を自費出版したり楽譜や編曲をデータ販売した知的財産からの収入、楽器のレンタル収入、店舗にある防音スタジオのレンタル収入、YouTubeの広告収入、Patreonのサポーターからの収入、複数の不動産からの家賃収入、本ブログの収入、投資信託など金融商品からの収入など複数の収入を得ています。
こういった副業は、万が一に健康を損ねて音楽家としての収入が絶たれてしまっときのためのバックアップとして始めたものですが、精神的な安定に貢献してくれています。複数の収入源を持つことのパワフルさは、それぞれが成長してゆくことです。例えばYouTubeの広告収入は、入り出した頃は少額のお小遣い程度でしたが今では無視できない金額になってきています。それぞれの金額が大きくはなくても、すべての副収入がそのように少しずつ成長すれば、それはやがて大きな金額になるでしょう。
私は来年から、熊野にある古民家を改修して貸別荘やゲストハウス、貸し音楽スタジオとして経営していこうと考えています。ゲストハウス経営は私自身がずっとしたかったことでした。私は旅行が多くほとんど熊野にいることができないため、地元の若い方に仕事としてお願いするつもりです。そうすることで、少しでも地元の雇用に役立てられるかもしれません。
また、今この原稿を私はスウェーデンの笛職人の家で書いており、来年からは熊野の工作室で楽器製作を始めるつもりで笛作りを習っています。音楽家として自分の楽器を自分で作ることができれば、より理想の音楽を表現できると考えていますし、また音楽家としての信頼は楽器の品質への信頼につながります。
お金を十分にたくわえることで、次の収入源に挑戦をする余裕が生まれます。そうして、お金を持っている人はさらにお金を増やしていくのだと考えています。
お金を稼ぐ目的は自由を享受するため
私がお金を稼ぐ目的をひと言で表すなら「自由でありたいから」です。いつどこにいても、誰と何をしていても良い自由。自分がしたいことをしたいときにする自由。今は豊かな暮らしにとても満足していますが、現状に満足せずにもっと豊かさを求めたい、その豊かさを持続させたいと願っています。
もし副業によって年収が100万円増えるのであれば、そのお金でできることはたくさんあります。本来は持っていなかった100万円なのですから、私であれば金融投資や自己投資や娯楽といった面白味のないことではなく、外国の音楽家を日本に招いて公演をしたり、日本で活躍する芸術家に仕事を依頼したり、自分も人も喜ぶ楽しくてクリエイティブな使い方を考えるでしょう。もしみなさんが100万円余分に稼げたら何に使いたいか、考えてみてください。そのワクワクが、稼ぐモチベーションにつながります。私自身も、まだ人生の旅路の途中。これからどのような未来が待っているのか、とても楽しみに日々を生きています。
これまで5年間、スモールビジネスとお金について書いてきました。私は、大企業に勤めていたり高級な資格を持っていなくても、ずばぬけた才能がなくても、工夫とやり方次第でスモールビジネスを作り育て幸せな人生を描くことができるのだと信じて行動してきました。この連載が誰かの人生にとって、より良く生きるためのきっかけとなれば、それほど嬉しいことはありません。